最後の詰みが甘すぎる。
第四局

 父が亡くなったのは十四年前の六月のことだった。

 名人戦第七局。柚歩はこの日学校を休み、母と一緒に父の対局を見に行っていた。

 父が大病を患っていることは家族以外誰には秘密だった。
 父の頭の中には腫瘍があった。医者からは一刻も早い手術を勧められていた。しかし、既に名人挑戦権を獲得していた父は手術を固辞した。
 父はそれまで数々のタイトルを獲得してきたが、名人位にはとんと縁がなかった。名人位の奪取は父の悲願だった。

 腫瘍に圧迫された左目は充血しており、絶えず襲う頭痛を抑えるための痛み止めが不可欠な身体をおしての強行出場。
 それでも父は対局を勝ち進み、栄冠まであと一歩のところまでやってきた。
 
 ……しかし、夢は叶わなかった。

 大盤解説の前で対局を見守っていた柚歩は父の身体が将棋盤の前で傾いでいくのをなす術もなく眺めていた。

『お父さん!!』

 対局中に倒れた父の意識は二度と戻ることはなかった。腫瘍からの原因不明の出血により、父は倒れてから三日後に息を引き取った。

 盤面は終始右近寺がリードする展開だった。勝ちの目はほとんど残されていなかったにも関わらず、父は決して投了しようとはしなかった。

 もっと早く投了していれば。いや、挑戦権を譲り手術をしていれば今頃まだ生きていたのではないか。
 自分の命をかけてまで指し続けたのはなぜなのか。何の意味があるのか。

 柚歩には未だに正解がわからなかった。
 
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