最後の詰みが甘すぎる。
『廉璽くん、マジでやばい。ほとんど寝ずに指してる』
名人戦第七局を三日後に控え、とうとう練習相手を仰せつかった桂悟から柚歩の元に泣きの電話が入った。
『ねえ、なんとかしてよ姉ちゃん!!このままじゃ俺……壊れちゃう!!』
(何を言っているんだろう。この馬鹿は……)
会話に知性の欠片も感じられない桂悟に柚歩は冷ややかな声で告げた。
「あんたはしばらくタイトル戦に縁がないだろうから、せめて廉璽くんの相手ぐらいちゃんとやりなさい」
『ちょっ、姉ちゃん!?』
これ以上電話していても愚痴が長くなるだけだろうと思い、柚歩は早々にスマホの通話終了のマークを押した。
最終戦の第七局には桂悟も同行すると聞いている。同門の後輩として、大盤解説を任されているそうだ。柚歩の出る幕なんて最初からない。
(完全に見限られちゃったよな……)
自分で拒絶したくせに、いざ離れていくとなると途端に寂しさを感じる。なんて浅ましいのだろう。
もし廉璽が他のタイトル戦に勝ち進んだとしても、彼が瀬尾家に現れることはないに等しい。
一緒に将棋を指すこともないんだなと思うと、後悔の念に襲われそうになる。
(もう恋なんて一生できないんだろうな……)
あの嵐の夜に恋心はすべて置いてきてしまった。