最後の詰みが甘すぎる。
昨日から振っていた雨がやみ、よく晴れた朝のことだった。柚歩はスマホのアラームではなく着信音で目を覚ました。
眠い目を擦りながら液晶を見ると、画面にはもう二度と会うことはないだろうと覚悟していた廉璽の名前が映し出されていた。
「もしもし?」
『柚歩、1六銀だ!!』
「は?」
『ゆ』
「え!?ちょっと!!廉璽くん!?」
何の脈絡もなく会話がプツリと切れる。その後、何回掛け直しても廉璽に電話は繋がらなかった。おそらく充電切れだろう。廉璽は普段からスマホをほとんど使わない。いつも持ち歩いているビジネスバックに入れたまま、充電を怠っていたのだろう。
(結局、なんだったんだろう……)
柚歩は朝食を食べながら考えた。
突然電話をかけてきたかと思えば、符号なんか叫んでわけがわからない。
符号とは将棋盤における住所のようなもので、どこに何の駒をおいたか漢数字と駒の略称で表す。
廉璽の突飛な行動には慣れている柚歩だったが、この日ばかりは正気を疑いたくなる。
今日は名人戦七番勝負の第七局、二日目。約三ヶ月の戦いに決着がつく大事な日。
(新手でも思いついたのかな……?)
柚歩はそう結論づけると、椅子から立ち上がり食器を片付けた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
母の声に見送られ家を出ていく。廉璽が勝とうが負けようが、今日もなにひとつとして変わらない日常を送る。