最後の詰みが甘すぎる。
山崎は自分のタブレットを気前よく柚歩に貸してくれた。
柚歩は会社を早退すると、歩く時間を惜しむようにタクシーを捕まえ、東京駅から新幹線に乗り込んだ。柚歩が移動している最中も対局は進んでいく。
柚歩はタブレットを食い入るように見つめた。
(これは苦しい……)
一時間の長考の末に廉璽が打った一手は渡部名人の猛攻を凌ぐ効果は薄かった。見る人が見れば単なる延命処置のようなものにしか感じられない。
でも柚歩にはわかった。
(廉璽くんはまだ諦めていない)
苦しみながらも勝機を窺っている廉璽の目は爛々と輝いていた。柚歩は廉璽のこの目を知っている。小学生名人の決勝戦、廉璽はこの目で柚歩と盤上の駒を見つめていた。最後まで勝ちを諦めない。それが廉璽の将棋スタイルだ。
だが、時折苦しそうに眉間に皺が寄る。
ここから先は一手が勝負をわける。残された時間が少ない中で最善手を絞り出さなければならない。
(廉璽くん……!!)
将棋の神様には二度と祈らないと決めている。だから廉璽に託すしかない。
(どうかお父さんの分まで勝って!!廉璽くん!!)