最後の詰みが甘すぎる。

 最寄り駅に到着した柚歩は駅前でタクシーに乗り、対局会場であるホテルに向かった。
 新幹線に乗っている途中で借りていたタブレットの充電は切れてしまった。
 スマホで配信の続きを見ていたが、十分ほど前に同じように充電が切れてしまった。

 勝負の行方は全くわからない。

 充電が切れる直前、廉璽が少し盛り返していたようだが、果たして渡部名人の王将に届くのだろうか。

 不運は更に続く。タクシーが渋滞にはまり動かなくなってしまったのだ。
 ホテルはすぐそこに見えているのに!

「降ります!!」

 柚歩は矢も盾もたまらずお金を払うとタクシーを下車しホテルまで走った。

 社会人になってからはすっかり運動不足だ。走り出してすぐに足がつり、汗が吹き出てくる。足がもつれ無様に転んでしまう。
 柚歩は走りにくいパンプスを脱ぎ手に持つと、そのまま駆け出した。
 息が苦しい。なんなら将棋を辞めたあとからずっと苦しかった。
 将棋を辞めた後の人生には飛び上がるほどの勝利の喜びもなければ、身を捩るほどの敗戦の悔しさもなかった。
 穏やかだけれど平坦な道のりは転ぶこともなかったが、歯を食いしばり起き上がる意志の強さを持つこともなかった。

 どうして忘れていられたんだろう。思い出させてくれたのは廉璽だ。
 もう言い訳はしない。
 廉璽が示してくれた道をもう一度歩いてみたい。
 
(こんな私でももう一度夢を追いかけていいかな?ねえ、廉璽くん……)
 
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