最後の詰みが甘すぎる。
「ねえねえ、瀬尾さん。津雲三冠も名人に挑戦することだし、瀬尾さんも職団戦に出てみない?君が出てくれれば次こそSクラスに行けると思うんだよねー」
「そのお話は何度も断ってますよね?遠慮しておきます。何年ブランクがあると思っているんですか」
廉璽が棋士として華々しく活躍する一方で、柚歩はごく平凡な道を歩んでいる。
将棋を小学生で辞めると中学、高校、大学では将棋とは無縁の生活を送った。
大学を卒業すると『MEIKO』という大手の印刷機メーカーに就職し、入社以来経理部門で働くようになった。
柚歩の誤算はこの会社が将棋の職業団体戦、職団戦に力を入れていること、そして配属された経理部に職団戦では大将を務める元奨励会所属の山崎部長がいたことだろう。
山崎は名前を聞いただけで柚歩が瀬尾九段の娘だと見破った。
柚歩の名前を聞いただけでピンとくるのはよほどの将棋好きだ。
かつては女児初の小学生名人の栄冠に輝いたこともあった柚歩のことを、将棋の表舞台から消え去った今でも覚えている者は少ない。
山崎はこれまでなにかと将棋の話題でしつこく絡んできたが、今日はその最たるものだった。
決算期の三月は目の回るような忙しさのはずなのに、部長の山崎は仕事をする気があるのかないのかさっぱりわからない。
柚歩はうっとおしい山崎から廉璽の話題を避けるようにして、その日の仕事を終えたのだった。