最後の詰みが甘すぎる。

「ただいま」

 仕事を終えクタクタになりながら帰宅した柚歩は浮腫んだ脚をさすりながらパンプスを脱いだ。ふと視線を下に落とせば、玄関のたたきには男物の靴が二つ揃えて置いてあった。

「おかえり姉ちゃん」
「おかえり、柚歩」

 リビングにやってきた柚歩を出迎えたのは弟の桂悟(けいご)ともう一人。

「廉璽くん、来てたの?」
「ああ」

 仕事もせず日がな一日中廉璽の話題について喋りまくる山崎のせいで、つい言葉にトゲが生える。
 毎度のことながらなぜ我が家のリビングで我が物顔で寛いでいるのだろう。

「みてみて柚歩!!廉璽くんが立派なうなぎを買ってきてくれたのよ!!」

 母は柚歩にうなぎの蒲焼の真空パックを見せびらかした。

「うなぎ……?」
「順位戦の最終戦、今年も静岡だったから」
「あ、そう」

 順位戦の最終戦は棋士にとって最も長い一日と呼ばれることもある。
 湯煎すると食べられるうなぎの蒲焼は戦利品であり、お祝いの品でもある。

「俺も無事、B級2組の残留が決まりました」

 桂悟は柚歩にピースサインを向けた。廉璽同様、弟の桂悟も棋士だ。日本将棋連盟所属、瀬尾桂悟五段。B級2組に晴れて残留。
 昇級してから喜びなさいとお説教をかましたくなる気持ちをグッと堪える。

 順位戦は棋士の棋力によって五つに分類される。上からA、B1、B2、C1、C2だ。もちろん廉璽は棋士の中でも十人しかいないA級に所属している。A級の中で総当たり戦をし、最多の勝利を収めたものが名人に挑戦できる。
 柚歩は廉璽に視線を向けた。
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