最後の詰みが甘すぎる。
「明日は何の対局なの?」
「棋王戦五番勝負、第四局。相手は辻浦八段」
「へー。順位戦が終わったばっかなのに大変だね」
「柚歩、指してくれよ」
「辻浦八段って振り飛車じゃなかったっけ?桂悟に頼んだら?」
棋士は各々得意としている戦法が違う。廉璽はオールラウンダーでなんでもいけるくちだが、柚歩は居飛車派だ。
「桂悟と指しても楽しくない」
「タイトルホルダーともあろう人が楽しいとか、楽しくないで練習相手を決めないでよ」
「柚歩……」
捨てられた仔犬のように濡れた瞳で見つめられたら、柚歩だっていたたまれなくなる。
ああ、美味しそうなうなぎが遠くなっていく……。
「着替えてくるからちょっと待ってて」
柚歩は部屋着に着替えると、廉璽が待つリビング脇の和室に戻ってきた。
和室には既に座布団と将棋盤、駒箱が用意されており、廉璽は嬉々として待っていた。
嬉しそうに揺れる尻尾が見えるのは幻覚だろうか?
柚歩が座布団に座ると、二人して駒を自陣に並べていく。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
対局を始める前に畳に手をつきお辞儀をする。礼儀作法は亡き父から嫌ってほど叩き込まれている。