最後の詰みが甘すぎる。
「二人ともうなぎ食べないの?」
「あとで食べるからとっといて。ちょっと桂悟!!私達の分まで食べないでよ!!」
母の声も柚歩の声も既に廉璽の耳には入っていない。いつもそうだ。開始の挨拶が済むと廉璽の意識は深く沈む。
序盤はともに定跡通り駒を進めていく。
正式な対局なら持ち時間が厳密に決められているけれど、二人の対局はいつも一分の秒読みで行われる。一分以内に駒を出さないと負けるというルールだ。ただ、秒を読む人がいないのでそこは適当だ。
(今日の廉璽くんはこれまたキレッキレだな……)
廉璽と柚歩の棋力の差は歴然だ。野球で例えればメジャーリーガーと草野球ぐらいの差がある。
棋力に差がある場合、駒落ちと呼ばれるハンデをつけるのが普通だ。その名の通り、棋力が上のものが盤上の駒を減らすのだ。
駒落ちなしの平手でキレッキレの廉璽と対局して柚歩は一時間持つかどうか怪しい。
柚歩だって負けるとわかっている勝負に挑むのは嫌だ。
それでも柚歩は懇願されたら平手でも廉璽に付き合い将棋を指す。
将棋の道をひとりだけ離脱した贖罪なのかもしれない。