彼女はアンフレンドリーを演じている




 自分の不注意で蒼太に怪我を負わせてしまったのだから、美琴が病院へ付き添うのは当然のこと。
 しかし蒼太との約束で、そこまでの事情は二人以外に知るはずがないのに、それでも丁重にお礼を言われるということは。

 よっぽど蒼太が先輩として慕われているのか、それとも他に何か特別な理由でも――。



「あ、早く治って欲しいんですよ」
「……そうですね、早く治」
「好きなので、香上さんの事が」
「…………」



 髪の毛を耳にかけながら、照れまじりにそう放った下田の言葉は、目の前に座る美琴へスッと届いたが。
 脳内処理が鈍って、表情も動作も大きな動揺は表れなかった。

 ただ一瞬、呼吸を止めてしまっただけ。



「あ、ごめんなさい。香上さんてすごくモテるので、隠していてもキリないんですよね」
「……へぇ」
「だからつい、言ってしまいました」



 目尻を垂らした下田が申し訳なさそうにして話すも、どこか美琴を試すように様子を窺う視線が引っかかる。

 ただ、美琴の気持ちを知らない下田もまた、どうにか確認しておきたい事があって、控えめに口元を押さえて話を続けた。



「そういえば冴木さんは、香上さんと同期でしたよね?」
「……はい」
「いいなぁ、入社した時から出会えてるなんて」



 そう、入社した時から出会えているのに、今現在の美琴と蒼太の間に、男女関係は生まれていないと予想している下田。
 それが却って、美琴自身は蒼太の事を男として見ていないと思わせることになり、先手を打たれた。



「そうだ、協力してくれませんか?」
「え……なにを」
「私と香上さんが上手くいくように、ですよ」



 そんな事、同じ部署の中で勝手にやってくれれば良いものを、蒼太に想われているであろう美琴を巻き込もうと企む下田は、やはり告白の返事に納得しておらず。

 これが最後の足掻きとわかっていて、美琴の心中をも探り出してきたのだ。



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