彼女はアンフレンドリーを演じている




「えーと、俺の奥さん、人事部の同期なんだよね」
「同期……あの、どれくらいお付き合いを?」
「ん〜三年くらい?」



 まさか、こんな身近に三年もの間、社内で密かに愛を育んでいた人がいたなんて、と驚いていると。
 そんな美琴に山本は、何の躊躇もなく問いかけた。



「冴木さんもいるの? 結婚したい人」
「え! ち、違います違います」
「じゃあ、社内に気になる人でも?」
「っいえ、その……」



 一度言葉を詰まらせた美琴は、それでもやっぱり知りたくて、失礼とわかっていながらも尋ねてしまう。



「あの……もしもの話で、奥さんに好意を抱く男性が、奥さんと一緒に仕事していたらどう思いますか」
「へ?」



 蒼太に好意を抱いている下田が、隠す事なくその事実を美琴に打ち明けてきた。

 そんな中で、今後自分が蒼太の恋人になれたとしても、安心ができないくらいに手強い女性が近くに存在しているという不安を、ずっと抱えなくてはいけない。
 ただでさえ、社内恋愛に不安があるのに。


 すると、美琴の食い込んだ質問を真面目に考えてくれた山本は、自信に満ち溢れた笑顔で答える。



「それはもちろん、めちゃくちゃ妬くに決まってるよ!」
「……っ」
「んで家に帰ってしっかり甘える!」
「甘……」
「そしたら安心できる……って、俺めっちゃ恥ずかしい事言ったな今」
「……妬いても良い、甘えても良い……」



 確かに、思う存分妬いて帰宅した先輩の山本が、奥さんに甘える図の想像は恥ずかしくてできない。
 しかし同時に、自分が今抱いている感情が許される事なんだと教えてくれた山本には、感謝の気持ちが溢れた。



「ありがとうございます、変な質問してすみません」
「全然、答えになったかわかんないけど」
「いえ、シンプルでわかりやすかったです」
「そ、そう?」



 ハハっと笑いながら照れる山本は、それに応えるよう控えめに微笑んだ美琴が意外過ぎて、内心驚いていた。


 社内恋愛は、何も不安なことばかりじゃない、その先には幸せな事だってたくさん待ち受けているんだと。
 先輩である山本の結婚を知り話を聞き、そう思えるようになった。

 そして、不安要素に対して耐えねばならないわけではなく。
 素直に妬いても良いこと、妬いたらしっかり甘えること。



「(……蒼太くんに、それらを許してもらわなきゃ)」



 どこまでできるかわからないけど、蒼太の怪我が治ったら今後のことをちゃんと話したいと考えた美琴は。

 山本から預かった用紙を届けに、蒼太のいる営業部へと向かった。



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