彼女はアンフレンドリーを演じている
滅多に他部署へ訪問することがない美琴は、蒼太に会えるのも相まって少し緊張していた。
「……失礼します」
終業時間を過ぎて間もない営業部は、外回りからまだ戻らない社員も多く空席が目立つ。
蒼太のデスクがどこなのか、実は知らない美琴が人を探そうとフロア内を見回した時、突然女性の声で背後から呼び止められた。
「冴木さん?」
「!? ……下田さん」
ちょうどお手洗いから戻ってきた下田が、美琴の姿に気がついて近寄ってくる。
昼休みの出来事があった後だというのに、何だかあっけらかんとしている下田は、美琴の持つ用紙に目を向けた。
「届け物ですか?」
「あ……はい、香上くんに」
「香上さんなら、急遽外出してまだ戻ってませんよ」
「そう、ですか」
同じ部署なら、そういった事情も状況も直ぐに知る事ができる。
そんな下田を羨ましく思いつつも、山本に頼まれた用紙を差し出した。
「では、香上くんのデスクに置いておいてもらえますか?」
「はい、わかりました」
「ありがとうございます……じゃあ、お疲れ様です」
蒼太がいるならその姿を確認して手渡しできたが、不在となるとデスクを間違えれば用紙が本人に届かない。
だからここは、下田に託すのが賢明であると判断した美琴は、一礼してそそくさと部署を出て行こうとした。
「冴木さん」
「っ、はい?」
しかし、営業部の社員がほとんど出払っているのをいいことに、まだ話がしたかった下田はその背中を呼び止めると。
「昼休みの件は、考えてくれましたか?」
「あ……」
猶予を与えながらも返事を急かしてくる下田は、やはり美琴を試していた。
よくも知らない後輩の協力なんて、たとえ蒼太を何とも思っていなくても面倒な案件だというのに。
それを美琴は真剣な表情で、本気で悩んでいる様子だったから。
噂とは違って意外と後輩思いのお人好しなのか、それとも密かに蒼太に気があるから躊躇しているのか。
或いは、何にも考えていなかったか。