彼女はアンフレンドリーを演じている




 万が一、美琴が蒼太を想っていても、今ここで他部署の後輩に打ち明けるほどの度胸もなければ、そんな性格でもないと思っている下田は余裕の笑みを浮かべていた。

 しかし、もうこの恋心から目を逸らさないと覚悟を決めていた美琴が、真っ直ぐに前を見据えて言葉にした。



「……下田さんと、同じです」
「えっ」
「好きなんです、私も。香上くんが……」
「!?」



 恋敵となる後輩からプレッシャーをかけられたとしても、この告白を面白おかしく社内で拡散されることになったとしても。

 蒼太への想いを自覚し社内恋愛への不安を乗り越えた美琴はもう、偽ることも隠すものもない。



「だから協力はできません」
「……冴木さ」
「すみません、お先に失礼します」
「……」



 期待に応えられないことを詫びて一礼した美琴は、下田の表情を確認しないまま部署を出て行った。

 そして廊下を少し歩いた先でおもむろに足を止めると、胸を押さえて深呼吸をする。



「……はあっ」



 本人に告白した訳でもないのに心臓が異様に大きな音を立てていて、思いのほか緊張していたんだと理解した美琴。

 加えて明日から“冴木さんは香上さんの事が好き”という目で下田に見られると思うと、正直会うのも出勤も本当は嫌。


 それでも正直に気持ちを打ち明けたことに大きな意味を持つはずだし、蒼太を取られたくないという独占欲も大きく働いた。



「我ながら、大人気ない事を……」



 ただ、昼休みに突然下田に話しかけられることがなければ、ここまで焦りや嫉妬心に駆られることもなかっただろう。

 今回の件は、上手く下田に焚き付けられた部分もあるし、自白するよう仕向けられたようにも思う。


 だとしたら、下田の目的は結局何だったのか。
 考えてみようとするも、今日が初対面だった彼女の情報量の少なさに限界を感じた時。



「(あれ……もしかして私、とんでもないことを下田さんに言ってしまったんじゃ!?)」



 今暴露した自分の想いが回り回って蒼太の耳に入ったら、本人への直接の告白よりも前に、美琴の本心が知られてしまう。


 下りのエレベーターを待ち頭を抱えながら、後先考えずに感情的になった事を少しだけ後悔していた美琴だったが。

 もう、無しには出来ないことも重々承知していた。



< 108 / 131 >

この作品をシェア

pagetop