彼女はアンフレンドリーを演じている




  ***


 あれから数日経ち、穏やかな日常のまま週末を迎えた金曜日。

 イレギュラー業務が発生したり、急遽追加になった作業で忙しかった美琴は。
 社員食堂や休憩所などに加えて、同じフロアで働いているにも関わらず、月曜日以降、蒼太と下田を見掛けていない。



「(そして、私が蒼太くんを好きだという話も、おそらく社内で拡散されていない……)」



 黙っていてくれるということは、下田は思ったよりもずっと良心のある人だったのかも。
 そんなふうに考えた夕暮れ時、美琴のスマホがメッセージを受信する。

 その差出人を確認して、指先に緊張が走った。



『今夜、いつもの場所』



 お決まりのフレーズは、不定期かつ一方的な飲みの誘いで。
 蒼太が美琴に気持ちを明かしていない頃のまま、変わらない。

 どこか懐かしさも感じつつ、そろそろ蒼太の捻挫が治る頃でもあるタイミングにやってきた、久々の連絡。



“捻挫治ったら、覚悟しておいて”



 蒼太の家にお邪魔した日、戸惑いと嬉しさが同時に襲ってくるような言葉をかけられていた美琴。
 その鮮明に覚えていたセリフを脳内で再生させてしまい、心臓がドクンと大きく脈打った。

 こんな風に気持ちが高ぶるのはいつ振りか、柄にもなくにやけそうになる。


 ただ、一つだけ気掛かりな事が――。



「(下田さんも、蒼太くんが好きなんだよね……)」



 蒼太の部署には蒼太を想う後輩の下田がいて、恐らく同じ業務を担当する事だってあるだろう。


 もしも自分より先に下田が告白をしていたなら、蒼太の心が揺れることを考えて沸々と込み上げてくる不安。

 かつての長屋と自分のような関係を、蒼太と下田が結んでしまうやも、と最悪のシナリオを妄想して直ぐにやめた。



「(ううん、そんなの蒼太くんがするはず、ない……!)」



 首をぶんぶん横に振って邪念を取り払った美琴は、蒼太と曖昧な関係のままにしている事を後悔しつつ。
 送られてきたメッセージに対して、直ぐに返信を送る。



『一時間残業したら向かいます』



 定時で仕事を終えるのは難しい、でも蒼太の誘いは絶対に断りたくない意志を乗せた。
 なるべく早く、出来れば下田よりも先に蒼太へ想いを伝えたいから。



「(下田さんごめん、でも渡したくないの……)」



 しかし美琴は、この時点で要らぬ不安を抱いている。

 何故なら、下田は既に蒼太への告白を済ませていて、あっさりと振られていたのだから。



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