彼女はアンフレンドリーを演じている
――ブブッ
「……っ!」
取引先への顔出しを終えた後の蒼太は今、会社へ戻るための電車の座席に座り、意外に早かった返信に驚いていた。
そして夕日を浴びるスマホ画面で、辛うじて確認できた美琴のメッセージに、安堵のため息を漏らす。
全然会えていない、連絡も取れていなかった美琴への飲みの誘いが、直ぐに受理されたから。
「(……良かった、予定なくて)」
実は蒼太も今週は忙しい日々を送っており、突然の外回りも多く社内にいた時間の方が少なかった。
居酒屋で会ったら、先ずは全然連絡できなかった事を詫びようと思っていた蒼太は、もう一つ――。
足を怪我している小山に代わって共に回っていたのが下田だったという事は、わざわざ美琴に報告するべきかどうかと悩んでいると。
隣に座っている張本人が、普段通りに微笑んできた。
「香上さん、今週は忙しかったですね」
「ああ、本当に……捻挫気にする余裕なかった」
そのおかげですっかり左手の痛みはなくなり、10日を要すると言われていた捻挫はほぼ治ったといっても良いくらい。
包帯をしていない左手を見せつけた蒼太は、下田に対して同じくいつも通りの微笑みで返した。
その様子に、下田の内なる思いが電車と共に揺れ動く。
「……私、香上さんに話しておきたいことがあって」
「え?」
さっきまでずっと微笑んでいた下田が急に神妙な面持ちになり、さすがの蒼太もあの告白された日の事が脳裏を過ぎる。
そしてそれは的中したのだが、思わぬ方向へと話が進んだ。
「以前の告白、無しにしたいんです」
「っえ!?」
突然、飲み会の帰りにした蒼太への告白を取り消したいと申し出た下田に、驚きの声しか発する事ができなかった。
それなりの理由はあるにしても、人生で告白の取り消しを願い出た人の経験がなかった蒼太は、少し興味が湧いてしまう。
「そ、それは他に好きな人、出来たとか?」
「いえ、多分今も香上さんが一番です」
「ん? ……どういうこと?」
気持ちを伝えたかっただけだとしたら、告白までも無しにする必要はないのに。
取り消したいほどの何か不都合があるのか、と見当もつかない理由に首を傾げるしかない蒼太。