彼女はアンフレンドリーを演じている
10. 今夜こそ




 約束通り一時間の残業を終えた美琴は、急いで電車に乗り込み自分の自宅近くの駅で降りた。
 そして小走りで向かう先は、自宅ではなくその帰り道の途中にある路地裏で、ひっそりと営む居酒屋めぐちゃん。


 月曜日にネクタイを直して以来、社内でも仕事終わりも全然会えなかった蒼太と、今夜こそ確実に会える。

 そう思うと走らずにはいられなくて、息を切らしながらようやく居酒屋の暖簾をくぐった。



「あ、きたきた美琴ちゃん」
「はあ……待たせて、ごめん」



 店内に入ると大将のいらっしゃいの声が響いたと同時に、美琴の視界にはいつものカウンター奥に座る蒼太が映る。


 定時上がりの蒼太を一時間以上待たせてしまったのに。
 その柔らかい笑顔と、自分の名前を呼ぶ優しい声で、一瞬にして安心感に包まれた。



「いや、こっちこそごめん。忙しい中きてくれてありがとう」
「……ううん、大丈夫」



 そう返事をして、乱れた前髪を直しながら動悸を落ち着かせる美琴。

 しかし、今日こそ自分の気持ちを伝えたいと意気込んできているから尚更、直ぐには緊張が解けずにいた。



「先に飲んでたんだけど生で良い?」
「う、うん」
「大将、生一つください」



 すると、蒼太の挙げた左手首に包帯がないことに気付いた美琴が、席に着くなり問いかける。



「もう痛くないの?」
「うん、全然。病院で正しい処置されたから治りが早いのかも」
「そっか、よかった」
「色々ありがとう、美琴ちゃん」



 美琴が到着するまでの間に、どれくらい飲んだのかはわからない蒼太が、無防備な笑顔を向けてお礼を述べた。

 それにいちいち、美琴の心臓が反応を示す。



「わ、私のせいだから当然……なのにあまりお手伝いもできなくて逆にごめん」
「そんな事ない、すごく助かったよ。特に初日……!」
「!!」



 そうして二人同時に、怪我をした日に起こった着替えの手伝いや交わしたキスを思い出して、カッと赤面した。
 恥ずかしさから同時に沈黙してしまう中、何も知らない大将は美琴のビールを目の前に用意してくれた。



< 112 / 131 >

この作品をシェア

pagetop