彼女はアンフレンドリーを演じている
「ま、まず乾杯しよ! な!」
「うん、そうだね」
「今日は快気祝いってことで!」
手に取った飲みかけのビールジョッキを、美琴に突き出す蒼太。
照れ隠しと優しさが伝わってくる表情が、再び美琴の心をくすぐってくる。
「乾杯」
「乾杯」
寄り添った互いのビールジョッキが、二人の間で音を鳴らした。
以前、居酒屋めぐちゃんでサシ飲みした時と、場所は同じなのに抱く感情は全く違うもので。
この短期間で、人の気持ちというのはこうも変わる事ができるんだと、身をもって経験した美琴。
そう考えると、蒼太から一途に向けられる不変的な想いに、尊敬すら覚えた。
変わらず誰かを思い続けるという事自体、あまり経験がなかったから。
「(……どのタイミングで、告白したらいいんだろう……)」
ビールをちびちびと飲みながら何だか落ち着かない美琴は。
いつも序盤に注文していたはずのたこわさの存在を、すっかり忘れていた。
「美琴ちゃん?」
「は、はいっ」
「注文しないの? いつもの」
「いつもの? いつもの……」
尋ねられてもピンときていない美琴が首を傾げると、普段と様子が違う事に気が付いた蒼太。
そんな美琴に代わり、大将へ向かって手を挙げると、自分が食べたいものと“いつもの”を注文する。
「だし巻き卵と、たこわさください」
「っ……」
ようやく“いつもの”たこわさの存在を思い出した美琴は、それほどまでに緊張している自分を自覚した。
そして、落ち着くよう心の中で言い聞かせる。
このままでは、せっかくの蒼太との快気祝いが心から楽しめないし、要らぬ心配もかけてしまいそう。
そんなことを考えた美琴だったが、すでに遅く。
蒼太には美琴が何か隠しているように見えて仕方なく、ビールを体内に流し込むとゆっくり呟いた。
「もしかして……疲れてる?」
「っえ、なんで?」
「今日の美琴ちゃん、いつもと様子が違うから……」
心配そうに顔を覗き込んできた蒼太は、ほんのり頬を赤く染めて特別な色気を放つ。
そんな様子を間近に感じて、ますます想いが溢れ出しそうになった美琴は、激しい鼓動の制御が利かず、パッと顔を背けてしまう。