彼女はアンフレンドリーを演じている
「一年半前、異動の時にお世話になってからこうして蒼太くんと飲むようになったけど、本当は私……」
「わかってる、俺の我儘に合わせてくれてる事も、会社の人に絶対知られたくないことも」
社内で会った時の態度でわかるように、飲み仲間の蒼太でさえ近付こうとすると、他の社員同様に突き放される。
特に女性からの人気が高い男性と関わって、逆恨みや変な噂で知らぬ間に色恋沙汰に巻き込まれることを、美琴はもっとも恐れているのだ。
蒼太が悪いわけではない、だけど美琴がそう言わざるを得ないことを、知っているなら尚更。
「私のことなんて放っておいてくれてもいいのに……」
「んーでも、美琴ちゃんの古傷が癒えるまでは俺が話し相手になるって決めたから」
「……頼んでないし」
「あれ? そうだっけ?」
ハハっと笑い声を漏らし、とぼけたフリする蒼太は再びビールを飲む。
そこへ注文していた小鉢に入ったたこわさがやってきて、二人の間にトンと置かれた。
「はい、美琴ちゃんの頼んでた大好きなおつまみきたよ」
そう言って、小鉢を美琴の目の前に運んでくれた蒼太は、社内でいつもみんなに振り撒く笑顔を浮かべている。
うまいこと丸め込まれている気がしなくもないが、早くたこわさが食べたくて、美琴は割り箸を手にした。
「……いただきます」
頼めばやってくるたこわさとは違い、頼んでもいないのに不定期かつ一方的に飲みに誘ってくる蒼太。
美琴の“あの災難”からはすでに三年が経ち、それが発端で部署異動してからというもの。
ただひたすら仕事の愚痴や世間話をする、同期同士のサシ飲みが始まった。
もしも初回にお洒落でムーディなバーにでも連れて行かれたら、下心を警戒してそれ以降の誘いは一切受けなかったのに。
会社の人間に目撃されない場所を条件にサシ飲みを承諾したところ、美琴の自宅から数分ほどの、隠れ家のような小さい居酒屋を見つけてきた蒼太。
そこでようやく警戒心が薄れ、今では蒼太と共にその居酒屋の常連客となるほど。
こうして社外の蒼太とは問題なく関わる事ができる美琴は、ふとそのキッカケを思い出した。