彼女はアンフレンドリーを演じている
ああ、これは今、首を縦に振ったらまずいやつ。
そんな野生的感覚で危機を察知した畑野は、手汗を滲ませながら震える口を開いた。
「……いいえ、あたしが、間違えて」
「うん」
「先輩はちゃんと、指示くれて、あたしが、ミスしました……」
「うん」
事実を語る畑野に、淡々と相槌を打つ蒼太。
それがまた威圧的で、ますます畑野を追い詰める。
「す、すみま……」
「待って、俺に謝ることじゃないから」
「っ……」
謝罪するしか道がなく頭を下げかけた畑野は、それを止めてきた蒼太に不安そうな視線を向けた。
「明日、先輩と上司に真実を報告できます?」
「……はい」
「もう誤魔化したり、逃げたりしたらダメだよ?」
「はい……しません」
シュンと肩を落として反省している様子はあっても、それよりも蒼太の圧が怖すぎてそうせざるを得ない畑野。
元はと言えば自分のミスを美琴のせいにしたのが始まりで、叱られるのは当たり前なのだが。
あの人気者の蒼太にこんな裏の顔があったなんて、と怯えながらも考えていた。
「もう帰っていいです、お疲れ様でした」
「は、はい、お疲れ様です……」
やっと解放されることに安心して、逃げるようにエントランスを駆け出す畑野だったが。
「あ、最後に言い忘れました」
「!!」
背後からまたしても蒼太の声が聞こえて、恐る恐る振り向いた。
「今の出来事、秘密ですよ」
「え」
「誰かに漏らしたら……」
「わわわかってます! 誰にも言いませんからぁ!」
誰かに知られたらどうなるか、今までの蒼太の威圧的な行動で何となく予想した畑野が、肝に銘じて走り去っていく。
きっと地方の支店に飛ばされるとか、最悪退職届を書かされるに違いないと、蒼太の恐ろしさを初めて理解した一日となったが。
「ま、知られたところで、後輩に指導できる俺の株が上がるだけだけどな」
畑野の考えているようなことが、ただの社員である蒼太にできるはずもなく。
シンプルに、美琴の望む平穏な日常を守りたかっただけという、自分勝手な行動であることも重々承知していた。
美琴に知られたら、多分怒られるだろうなぁとも予想しながら。
蒼太は小山の待つ部署へと、上機嫌で戻っていく。