彼女はアンフレンドリーを演じている
05. 失敗と成功と
そんな出来事があったにも関わらず、時が過ぎれば人の記憶も徐々に薄れていくもので。
あの時の憤りと、唇に伝わった感触、そして鳴り止まない熱い鼓動も。
一ヶ月後ともなれば、夏から秋に季節が変わったように、何事もなかった日々を送れる――。
「……お疲れ様です」
定時上がりの美琴は、残業する社員たちに声をかけて、静かに部署を出ていった。
そしてエレベーター昇降口に近付いた時、先に待っていた数名の退勤者の中に、蒼太の横顔を見つける。
「っ……!?」
今から踵を返すのも不自然だが、このままだと蒼太と同じエレベーターに乗り合わせることになると思った。
それは流石に気まずいと判断して、気づかれないように背後を素通りした美琴は。
真っ直ぐ休憩スペースへと向かって、難を逃れる。
「(何事もなかったような日々なんて、送れるか……!)」
休憩スペースに配置された円卓に突っ伏す美琴が、脳内でそう叫んでいた。
蒼太とあんなことがあって以降、業務の関係で姿を見かけることはあっても、一度も口を利かなければ、目すら合わない。
廊下をすれ違う場面であっても、蒼太はまるで美琴が見えていないように通過していくので。
「(……それが、答えなんだよね)」
仮にあの時、蒼太が自分に好意を持っていたとしても、もう過去の話。
この一ヶ月間何とも思っていなければ、むしろ関わりたくないと、態度に、表情に、空気に出ているのを。
感じ取れないほどの、鈍感な美琴ではなかった。
それに――。
「(人の頬叩いたの、初めてだった……)」
テレビや漫画で見たことはあったし、叩かれた側はもちろん痛いに決まっているのだが。
叩いた方の手のひらが、あんなにジンと痺れて赤くなるなんて思っていなかった。
「(……蒼太くん、痛かっただろうな……)」
右手のひらを切なげに眺めながら、胸にぽっかりと空いた穴の存在を噛み締める。