彼女はアンフレンドリーを演じている
「私、行けますよ」
「……は?」
あまりに突然で無茶苦茶な発言に、さすがの蒼太もようやくその横顔に視線を向けて、不満の声を漏らすが。
お構いなしに課長と話し続ける美琴は、それが最良だと信じていた。
「小山くんの考えも意図も理解しているので、取引先への説明をブレずにできると思います」
「ちょ、美……冴木さん待って」
「なるほどね、確かに冴木さんも業務関係者ではあるけど……」
「それに、香上くんの補佐があるなら絶対大丈夫です」
「っ……」
その言葉を聞いて胸が熱くなるのを感じた蒼太は、抑え込んでいた想いが蘇る。
男としても、飲み友としても、完全に関係を断たれたと思っていたけど、仕事上の信頼は失っていなかったことがわかったから。
自然と素直な嬉しさが込み上げた一方で、現実的ではないと苦言を呈する。
「でも、今から一泊の準備してる暇はない」
「あ……」
「だから女性には無理だよ」
元々出張の予定でいた蒼太とは違い、普段通りに出勤している美琴は宿泊準備をしていない。
出発の正午までに一旦自宅に帰って準備、なんてことをする猶予はなかった。
それにこんな気まずい状態の美琴と二人きりの出張なんて、仕事とはいえ絶対に避けたい蒼太は、諦めてくれることを願うと。
「現地で調達できますからご心配なく」
「え……いや、でもほら、色々あるでしょう」
「ないです」
「…………」
真顔で答える美琴の、曇りのない真っ直ぐな瞳に押され気味になった時。
少し考えていた課長がポツリと呟いた。
「じゃ、冴木さんにお願いしますか」
「はい」
「えっ!」
思わず余裕のない声を発した蒼太に、周りの社員も意外な表情を浮かべながら顔を上げて、変に注目を浴びてしまった。
「冴木さんは今急ぎの業務抱えてないし、小山くんの代理として適任かと」
「いやいや、それはそうかもしれませんけど……」
「香上くん、営業部も人手不足って聞いてるよ〜?」
「っ……」
二人の間にある気まずい空気を知らない課長は、笑顔で蒼太の肩を叩く。
「そういうわけだから、うちの優秀な冴木さんをよろしくな」
「…………は、はい」
精一杯の苦笑いで対応する蒼太は、何を考えているのかわからない美琴を隣に感じながら。
心の中で深く長いため息をついていた。