彼女はアンフレンドリーを演じている
時刻はもうすぐ夜の8時を回ろうとしていて、出前で届いた二人前の寿司桶は、既に底が見えていた。
その傍らには四合瓶が置いてあり、美琴が呆れた顔を浮かべている。
「やっぱ寿司には日本酒だな〜」
「……蒼太くん、怪我してるんだから量は程々にね」
「大丈夫だよ〜美琴ちゃんももっと飲みなよ」
「私はこの一杯だけで十分……」
目の前のグラスをそっと持ち、蒼太好みな辛口の日本酒を少量ずつ飲み込んだ。
これをハイペースで飲んでしまっては、確実に酔い潰れるのをわかっている美琴は、蒼太に付き合うための摂取量にしておく、と心掛ける。
しかし、出張を終え自分の自宅ともなれば、酔い潰れたとて何の心配もいらない蒼太は、上機嫌な上に口数が増えた。
それはいつもの“酔いの回った”時の、色々めんどくさくなる蒼太の出来上がり。
「このまま宅飲み始めちゃおっかー?」
「桶洗って、他に手伝う事なかったら私はもう帰るし」
「はぁ!? 泊まり込みで俺の左手になってくれるんじゃ……!」
「え!? そこまで言ってない! 泊まりは、無理!」
つい声を荒げてしまうと、大袈裟にガックリと肩を落とす蒼太を見て、少しだけ良心を痛めた美琴。
確かに、自分のせいで怪我を負わせてしまった責任は果たしたい。
だけど先ほど交わしてしまったキスだけでも、胸がいっぱいになって制御するのが大変だったのに。
このまま泊まるなんてことになったら、酔った蒼太が何をしてくるかもわからないし、万が一どうにかなって怪我が悪化したら。
それこそ、自分を許せなくなってしまう。
「(いやそれだけじゃない……本当は……)」
何か起こってしまいそうと考える事こそが、まだその段階にないと言ってくれた蒼太の気持ちを台無しにしてしまうし。
酔いの回った自分の自制心も、今日は信用できなかった。
だからお酒を少量にして、理性を保つことだけに専念している美琴は自然と表情が強張ってしまう。