君とゆっくり恋をする。Ⅱ【第6話完結しました】(短編の連作です)
「ありがとうございます」
少し息が上がった声で、書類の入った封筒を両腕に抱えながら、結乃がペコリと頭を下げた。
「お疲れ様、久しぶりだね。総務の階でいい?」
親しげで優しい古川さんの声掛けに、結乃も顔を上げて応える。
「はい。お疲れ様で…すっ」
結乃の視線が、古川さんの隣にいる鳥山の、その後ろにいる敏生の姿を捉えた。その瞬間に頬が紅潮し、声が裏返る。
その反応の不自然さは結乃をさらに動揺しさせて、
「あっ…!」
結乃は手をすべらせて封筒を落としてしまう。
それをすかさず拾い上げたのは、こんなチャンスを絶対に逃さない鳥山だった。
肝心の敏生は、今にも破裂しそうなほどに高鳴っている心臓の鼓動を押しとどめるのに必死で、無機質な表情でそこに立っているのが精一杯の状態だ。
「はい」
鳥山は封筒を渡しながら、ここぞとばかりににっこりと最上級の笑顔を作った。
「す、すみません。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げたとき、結乃の働く総務部のフロアへと到着する。「失礼いたします」と、結乃はもう一度小さく頭を下げながら、そそくさとエレベーターを降りて行った。
その間、いつものように敏生と視線を交わすことは一瞬もなかった。