この恋がきみをなぞるまで。
「ずっと連絡もしないから、心配してたんだよ」
「ごめんなさい。あの、あのね、わたし……」
話したいことはたくさんある。
恵美さんは、わたしが昔この町にいたことを知っている数少ない人のひとり。
城坂くんと再会したとき、どうしてお前がここにいるんだって、散々言われてから、思い出の場所は遠ざけていた。
でも、この間のことがあって、ここに来てもいいと思った。
城坂くんだけの場所じゃない。
ここは確かに、わたしの居場所だった。
「恵美さん」
あの頃のわたしを、守ってくれていた人。
「恵美さん……っ」
ぼろっと涙の粒が零れ落ちる前に、恵美さんに抱き寄せられる。
「いいんだよ。頑張ったね」
お母さんが亡くなったとき、泣きじゃくりながらどこへ向かえば、誰に縋ればいいのかわからなかったわたしを抱きとめてくれたのも恵美さんだった。
ひとしきり泣いて、目元が熱く腫れぼったい。
ひりつく目元をぐいっと指で押し上げて、恵美さんは笑った。
「泣き顔は変わらないね。鼻まで真っ赤」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。我慢しなくていいから」
冷やすものを取ってくると言って、恵美さんは家にわたしを上げるとひとり廊下の奥へ行ってしまった。
昔と変わらない匂い、変わらない物の配置を眺めていると、冷たい布を手にした恵美さんが戻ってくる。
「これ使って」
「ありがとうございます。あの……先生はいる?」
ひんやりと湿った布を目元に当てながら尋ねると、恵美さんは、ああ、と眉を下げた。
「おじいちゃん、今入院してるのよ」
「えっ!⠀大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫!⠀今度会いに行ってやってよ。お見舞いに行くたびに帰らせろってうるさいんだから」
先生は確かもう90歳に近い。
溌剌としていて、厳しいけれど懐が大きくて気丈で、やさしい、そんな人だ。
入院なんて、本当に大丈夫なのだろうか。
それに、先生が家にいないのなら、この書道教室は今どうしているのだろう。