この恋がきみをなぞるまで。
「今はお父さんが教えているのよ。あの人も師範だから」
恵美さんの言うお父さんは、先生の息子さんのことだ。
教えてもらったことはないけれど、何度か顔を合わせて話をしたことがある。
「今の生徒に高校生はいますか?」
「高校生はひとりだけね。城坂千里くん。覚えてる?」
「はい。まだ、いるんだ……」
城坂くんが書道を続けているのだとしたら、ここに名前があるかもしれないと予想はしていた。
土曜日の午後、もしかしたら鉢合わせしてしまうかもしれないと、今更不安が過ぎる。
「実は、知ってるの。千里くんと芭流ちゃんが同じ学校だってこと」
「聞いたんですか?」
「千里くんはずっと通ってくれててね。今は月一回来るか、来ないかだけど……高校生になってすぐの頃、学校はどう?って聞いたら、芭流がいたなんて言うから、驚いた」
「芭流、って」
「こっちに戻っているなら、そのうち顔を見せに来てくれるかなと思ってたの。こんなに待つとは思わなかったけどね」
戻ってきたことを知られていたのなら、もっと早くに来るべきだった。
心配させたまま、一年以上も待たせていたなんて。
でも、それよりも。
「わたしのこと、芭流って呼んでたんですか……?」
「昔からそうでしょう?」
呼び方なんて、恵美さんは気に留めないのかもしれないけれど、わたしにとっては聞き過ごせなくて。
だって、ずっと、お前って言ってたのに。
わたしの知らないところでは、そう呼んでることが信じられない。
ここは城坂くんにいちばん近い場所のはずなのに、城坂くんが、見えない。