この恋がきみをなぞるまで。
昴流を迎えに行く時間が近付いて、書道教室を後にする。
恵美さんは『またいつでもおいで』と言ってくれた。
17時を少し過ぎて河原に着いたときには練習は終わっていて、チームメイトを見送る昴流を見つけた。
キョロ、と辺りを見渡しているけれど、わたしには気付かなかったようで、土手に腰を下ろそうとする昴流に離れた場所から声をかける。
「昴流!」
びくっと跳ねた肩からバッグの紐がずり落ちる。
真ん丸な目がわたしを捉えると、重そうな荷物を半ば引き摺るようにして駆け寄ってきた。
「芭流姉!⠀今日来てくれる日だっけ?」
「ううん。日和さんの代わり」
「びっくりしたー……芭流姉と帰るの久しぶり!」
人懐っこい笑みを浮かべて、わたしの右腕にぺたりと絡んでくる昴流の頬についた泥を親指で拭うと、くすぐったそうに頭を振る。
「芭流姉、荷物持とうか」
「大丈夫だよ、ありがとう」
歩くたびにずり落ちる肩紐を直しながら、昴流は気遣わしげにわたしを見上げた。
ここに来るまでに買い物した荷物は、大して重くもない。
「あのさ……今度の土曜日、試合なんだ」
「土曜日?⠀土曜は……」
「うん。お母さんは仕事」
くちびるを尖らせながらも、決して文句は言わない。
日程がいつ決まったのかわからないけれど、きっと日和さんに言い出せなかったのだろう。
昴流の実母であり、わたしのお父さんの妹にあたる日和さんは多忙で、今日のように帰りが遅くなる日や出張も少なくない。
昴流がたくさん我慢していることは、わたしも日和さんも知っている。
「わたし、見に行こうかな」
「ほんとっ!?」
パッと目を輝かせる昴流の頭を撫でて、本当、と伝える。
来週は予定もないし、誘えば涼花も来てくれるかもしれない。
お弁当はどうしようかな、と考えながら、何となしに思いついたことを口にする。
「昴流のかっこいい姿、たくさん写真に撮って日和さんに見せてあげなきゃね」
「っ、だめ!」
遮るように叫ぶと同時に、わたしの服を昴流がぎゅっとつかむ。
肩から落ちて地面に倒れたバッグを気にもせずに、昴流はわたしの服を握ったまま、首を横に振った。
それから、わたしを見上げる瞳が、不安定に揺れていた。
「お母さんには言わないで。芭流姉、おねがい」
「どうして?」
昴流の手を包んで尋ねると、噛み締めたくちびるを開く。
「試合があること、教えなかったのがバレるから」
「じゃあ、今からでも観に来てって言おうよ」
「言えない、言えないよ、そんなの」
言葉尻とともに肩を震わせる昴流の目線に合わせて屈む。
薄く、小さな肩を抱いていると、不思議な気持ちになる。