この恋がきみをなぞるまで。
「寂しいなら寂しいって言っていいんだよ」
「……お母さん、困るから」
「そう日和さんが言ったの?」
「ちがう、けど」
そう言ったきり、引き結ばれたくちびるは二の句を紡ぎそうになくて、わたしも昴流も夕焼けの下で黙り込む。
わたしが黙っていたって、日和さんは土曜日の試合のことを知っているはずだ。
昴流の野球チームの予定表を持っているし、練習日、終了時間を手帳に書き込んでいるのを見たことがある。
今日だって、いつもより一時間早く練習が終わることは知っていたのだから。
昴流が思うよりもずっと、日和さんは昴流のことを見ているよって伝えてあげたい。
気休めにもならないだろうし、言えないけれど。
「芭流姉、次はちゃんと言うから、おねがい」
懇願するように、必死な昴流にそれ以上は何も言えなかった。
焦らなくても、昴流には見守ってくれる人がいるんだよって言えたら、わたしの気持ちも少しは晴れるのだろうか。
昴流の肩をつかんだときに、感じたことは、きっとその正体を探らない方がいい。
この子の歳の頃、わたしは自分を守る術を手探りで探していて、気持ちなんて、言いたくても言えなかった。
わたしと昴流はちがう、と自分に言い聞かせなければ、放つ言葉がすべて理不尽を押し付けるだけの叱責になってしまいそうで。
「帰ろっか、昴流」
「芭流姉……?」
立ち上がりながら繕った笑みはすぐに見透かされて、不安そうにわたしを見上げる視線から逃れる。
昴流はそれきり何も言わなかったけれど、ただ、帰り道はずっと手を繋いでいた。
こんな風に、やさしい心をわたしも持ちたかった。
そうしたら、きっと誰かを傷付けることもなかった。
先を歩いていたはずがいつの間にか昴流に手を引かれていて、夕焼けから逃げるように歩いていたのに家に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。