この恋がきみをなぞるまで。
『只管』
◇
「あっ……」
夏休み真っ只中のある日、夕方。
昴流を迎えに行く途中で、対向から歩いてくる人物を視認して足を止める。
暑さもあってぼんやりと歩いていたせいで、数歩たたらを踏んだ。
お互いの姿を捉え、ばちりと目線が交わる。
桐生くん。
この間の野球観戦のときに城坂くんと一緒にいた男の子だ。
そのまますれ違うことはなく、何となく予想していた通り、少し距離を開けたところで桐生くんは立ち止まった。
軽く会釈をすると、桐生くんも軽く頭を下げる。
このまま過ぎ去るのも不自然な気がして何か話すことを探すうちに、桐生くんから口を開く。
「福澄さん、で合ってる? この前柚木と一緒にいた」
「桐生……くんは、城坂くんと一緒だったよね」
学校で桐生くんと接点はないし、わたしのことはきっと城坂くんに聞いたのだろう。
あることないことを話して嫌な印象を持たれていないことを願いながら、顎の汗を拭う桐生くんをちらりと見遣る。
重そうな一重瞼に押しつぶされてしまいそうな黒目がちな瞳と、くちびるの際にぽつんと置かれたほくろが印象的で、思わずじっと見入っていると、桐生くんが気まずそうに苦笑いを浮かべる。
「福澄さんは、これから迎えか何か?」
「うん。弟のお迎え。桐生くんは?」
「一緒だよ。俺は川跨ぐけど」
橋を越えて向こう側の河川敷にもグラウンドがあり、校区の違うチームが練習をしていることは知っている。
「もう終わるの?」
わたしは今日は早く家を出てしまって、しばらくこの辺りを歩いてから練習場所に行くつもりでいた。
桐生くんも急いでいる様子ではなくて問うと、そう、と頷く。
「まあ、俺は時間を勘違いしててさ。どうしようか。日陰でも歩く?」
「え、あ……桐生くんが暑くなかったら」
「暑いのは暑いよ。夏だし」
木々が日差しを遮る細い遊歩道に逸れて、桐生くんと並んで歩く。
ほとんど初対面に等しいし、会話もあまり弾まない。
気を遣っていくつか話題を振ってくれる中で、気になることがあった。
「じゃあ、桐生くんも野球をしていたんだ」
「中学の途中までだけどな」
「高校では続けなかったの?」
わたしたちの高校は、野球部、というか運動部自体、強いとは聞かない学校。
何か理由があるのかと何の気なしにたずねると、桐生くんは一瞬口を閉ざした。