この恋がきみをなぞるまで。
「福澄さんのことは、千里から聞いて知ってたんだ。怪我の理由とか千里とのことは、きっと色んな事情があって簡単に話せないし聞けないのかもしれないけど、今福澄さんを知りたいと思っていることは知っていてほしい」
真正面から、こんな風に自分を知りたいと言われてことなんてなくて、他意はないとわかっているのに顔に熱が集まる。
桐生くんは、わたしの手をそっと下ろしてくれた。
「よかったら、夏休み明けに連絡先を教えてくれる?」
「夏休み明けって……今でもいいのに」
「携帯、持ってくるの忘れたんだよ。番号もアドレスも覚えてないし」
「番号は覚えていた方がいいんじゃないかな」
聞けば、SNSのIDも覚えていないようで、鞄に入れているメモ帳に自分の名前と番号を書いて桐生くんに渡す。
「福澄……はる?」
「うん。あ、ねえ、桐生くんの名前は?」
「俺は、裏側に葉っぱって書いて裏葉」
桐生裏葉くん。
メモ帳の隅に書き記していると、桐生くんが腕時計を見て、あっと声を上げる。
「福澄さん、俺そろそろ時間だから行くよ」
「あ、もう六時半か。わたしも行かなきゃ。またね、桐生くん」
「また。連絡する」
言った瞬間から駆け出して、桐生くんはあっという間に見えなくなった。
帽子を目深に被り直して、昴流の待つグラウンドに急ぐ。
監督らしき人が荷物を運ぶのを手伝っていた昴流を見つけて、ワゴン車が去ったあとで声をかける。
「芭流姉!」
疲れているなずなのに、重そうな荷物を持って土手を駆け上る昴流を迎える。
しばらくは日和さんの迎えが間に合う日が続いたからか、嬉しそうに今日の練習の話をしてくれる。
汗を吸って首筋や額に張り付いた髪を避けてあげてから、さっき買った冷たいスポーツドリンクを渡すと、すぐに半分飲んでしまう。
日和さんが今日は外食にしようと話していたことを伝えて、メニューの話をしながら歩いていると昴流がじっとわたしの荷物を見ていることに気付く。
「芭流姉、おれ荷物持つよ」
「いいよ、重くないから」
午前中、学校の図書館で借りた本が何冊か入っているだけだ。
このやりとりは毎回のようにしているけれど、自分も重い荷物を持っている昴流に任せる気はない。
「俺が持ちたいの!」
「そんなこと言われたって、じゃあお願いって言いづらいよ」
「芭流姉と手を繋ぎたいのに」
たぶん、わたしに直接そう言いたかったわけではなくて、口をついて出たのだろう。
はっと両手で口を塞ぐ姿が可愛くて、ふっと笑うとすぐに睨まれた。