この恋がきみをなぞるまで。
「夏休みに入る少し前」
「遅い。あれだけ世話になったんだからすぐ顔見せに来いよ」
「……そうだね」
こんなに、心を落ち着けて城坂くんと話すことなんて、今までになかった。
これからも、ないことかもしれない。
そう思うと、途端に言葉が出てこなくなる。
「この前の、野球の試合のとき何でいたんだ」
「野球?⠀あれは昴流……じゃなくて弟が出てたから、涼花と見に行ってて」
「……弟?⠀弟なんていなかったろ」
グラスを片手に庭を見ていた城坂くんがこっちを見る。
瞳も、いつものように鋭くない。
「従兄弟。一緒に暮らしてるからもう弟みたいなものだよ」
「従兄弟……」
それきり、城坂くんは難しい顔をして黙り込んでしまう。
城坂くんは何を知っていて、何を知らないのかすら、わたしは知らない。
幼いころの誤解が、今も真実として城坂くんの中にあって、裏付けられるのを待っているのなら。
真実は真実として、嘘は嘘として、伝わってほしい。
氷の揺れる音、風鈴の音、お互いの息遣い。
時間が止まってしまえばいいと、ほんの少し思ったとき、城坂くんが切り出した。
「芭流、おまえ」
「……いま、芭流って」
「親父さん、どうしたんだよ」
本当にわたしのことを『芭流』と呼んでいた。
胸が震えて、指先の痺れが脳まで達したような、幸福感を奥歯に噛む。
今はそれではなくて、もっと大切な部分に触れているのだから。