この恋がきみをなぞるまで。


震える指先を擦り合わせて、遠いようで浅くて、近いようで深くに眠らせた思い出を撫でる。


「5年前に亡くなった」


わたしがこの町を離れることになったときに入院したお父さんは、快復することなく亡くなっている。

あれから、まだ5年しか経っていない。


「お父さんの妹がわたしを引き取ってくれて……今は三人で暮らしてる」

「親父さん、さ」

「うん?」

「芭流のこと、芭流って、わかってたか?」


どうしてそんなことを城坂くんが知っているのだろう。

あのあと、騒ぎになったのかすらわたしは知らない。

大方、あの狭い団地内で噂が出回ったのだと思う。


「いや、言いたくなかったら……」

「わからなかったよ。最期はもう、寝たきりだったし。意識が戻ってから一度もわたしを呼ぶことはなかった」


お父さん、と呼ぶことすら、恐ろしかった。

わたしにとってずっと、お父さんは怖い人だったから。


声から忘れていくと聞くのに、頭の中にずっと、叱責するような、咎めるような声が響いてる。


「芭流」

「……っ」


テーブル越しに伸びてきた手を避けると、城坂くんはすぐに離れていった。

聞かなければよかったと思われたくなくて、閉じきった喉を開こうとしたとき、縁側に恵美さんが現れた。


「これこれ、見つけたよ」


座敷に上がった恵美がわたしの目の前に置いたのは、一箱の段ボール。

側面の隅にわたしの名前が書いてある。


軽く埃を払って段ボールの封を剥がそうとして、城坂くんも手元を覗き込んでいることに気付く。


「あ、千里くん暇なら廊下に出してある荷物、倉の前に運んでくれない?」

「は?⠀何で俺が。もう帰るし」

「いいでしょ、男の子なんだから力もあるし」

「恵美さんの方があるだろ……」


箱の中身も気になる様子だったけれど、城坂くんは言われるがままに立ち上がって行ってしまった。

残されたわたしは今度こそ段ボールを開ける。

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