この恋がきみをなぞるまで。
何かを包むくすんだ朱色の布が姿を表す。
息を飲んで布を捲ると、懐かしい道具たちと見覚えのある桐箱が綺麗に収められていた。
汚れてはいない、虫に食われてもいない、傷んだ形跡もないそれらを指先でなぞってから、桐箱を手に取る。
『福澄⠀芭流』と彫られた文字をなぞり、少しかたい蓋を押して開くと、すらりと伸びた茶色の穂先が日の光の下に表れる。
ずっと、もう何年も仕舞われていた筆だ。
蓋を押し切って、喉の辺りに指先を触れさせた。
命毛と呼ばれる、穂の先端に触れることは、恐ろしくてできなかった。
毛の流れに逆らうように、尻骨にまで滑らせていく。
藍色のかけ紐を摘み、筆を持ち上げる。
筆管の半ば辺りに金の色で綴られた一文字が、記憶の中の、いちばん大切な思い出と重なって、たまらずに両手で筆を包み込む。