この恋がきみをなぞるまで。
桐生くんとそんなやり取りをしてから数日後、球技大会の種目決めの時間が取られた。
例年通り、種目はバレーボール、バスケットボール、フットサル。
黒板に大きく書かれた3種目の下に、男子は白、女子は青で名前を書いていく。
フットサルは女子が少ない、と桐生くんが言っていた通りになっている、というかフットサルは白い文字の名前ばかりだ。
さすがにここにひとりわたしの名前は入れられない。
書いたとしても、別の種目に移動することになるだろう。
担任の先生は離席していて、ほとんどの人が名前を書き終えている。
まだ立ち上がりもせず、周りと相談もせずに机の下でスカートを握り締めていると、近くの席の女子がトン、と机を叩いた。
「福澄さん、決まった?」
「え、ううん。まだ……」
「バスケにしたら?⠀バレーはもう埋まるよ」
「バスケ……は、でき」
できない、と言いかけたときにはその子は席を離れて黒板にわたしの名前を書いていた。
『福づみ⠀はる』と。
漢字の間違いなんてどうでもいい。
今は、そこにわたしの名前があることが問題で。
「ん?⠀福澄、バスケできんの?」
隣の席に集まっていた男子のうちのひとりが黒板を見てから、わたしに確認をする。
咄嗟にできるともできないとも言えずにいると、集っていた男子の間で話が進んでいく。
「できんのって、失礼だろうが」
「いやだってさ、俺体育委員だから準備のとき女子の使ってる体育館に入ることあるけど、福澄っていつも見学してるんだよ」
「え、そうなの?」
バクバクと心臓が音を立てて、胸を突き破りそうで。
冷たい汗が背筋を伝っていく。
「大丈夫、福澄?」
わたしが置いてけぼりになっていることに気付いて、最初に聞いてきた男子が顔を覗き込むけれど、喉が塞がったみたいに声が出てこない。
福澄?⠀と心配そうな声に短く頷くことしかできずにいると、わたしの名前を書いた子が口を出す。
「大丈夫だよ。カバーするし、キツかったらそんなに動かなくていいから」
「ええ、でもおまえ、事情聞いたの?」
「知らないけど……福澄さんって普通でしょ?」
どんどん、わたしを置いて声や気配が遠のいていく感覚。
普通じゃないよ、なんて言えなくて。
情けないくらい、何も言葉をできなくて。
くちびるを噛み締めたとき、ガンッと教室の前方から鈍い音が響いた。