この恋がきみをなぞるまで。


腕全体にまとわりつくような痛みはあるけれど、右手で肘を支えながら少しずつ下ろすと、だんだんと波が引いていく。


自分の腕を支える様子を間近で見ている涼花は黙っていながらも、ずっと傍らで待っていてくれた。


「涼花、わたしね」


わたしの弱さはきっと、わたしが持って生まれて、強さに育てられなかった未熟な心だと思う。

守りたいものが自分の内側にしかなかったから、自分の心だけを守ってきたから。

人のためにやさしさを、つかえない。


「この腕、だめなの」


もうずっとだめだった。

諦めているし、これからも元通りになることなんてない。

でも、大切にしようって思ってた。

あの頃のわたしを、守った証でもあるから。


「もう、いらない」


左手の甲にぐっと爪を立てて抉るように引き抜く。

わたしの丸い爪では皮膚を裂けなくて、悔しくて、もう一度爪を刺す。


「芭流、やめて」

「やめない」

「やめてよ、芭流。痛いよ」


一本一本、解くように指を開かせて、かわりに涼花の手と繋がった。

ぎゅっぎゅ、と強弱をつけて握られて、そのぬくもりが芯まで伝わってくる。

汗ばんだ手はやさしかった。


「知ってたよ。芭流の左腕のこと」

「え……」

「一緒にいても上手く隠してるし、手が動かしにくいってくらいしか教えてくれなかったけど、それだけじゃないって気付いてた」


一番そばにいればきっと、所作で違和感に気付いてしまう。

だから先手を打ってはいた。手が動かしにくいと。

本当はもっと深刻なことを、涼花は知らなくていいから。


「知らなくていいとか、知る必要がないとか、言わなくていいじゃなくて」


涼花の悲しそうな顔を見たのは初めてだった。

わたしがこんな顔をさせていると気付いたときには、涼花は握ったままの手を持ち上げて、祈るように額につけた。


「私が知りたいから、芭流が嫌じゃないなら、教えて」


委ねられてやっと、この胸を歪ませていた気持ちが滑り落ちていく場所を見つけた。

今、乞われてやっと、伝えられると安心した。

そこからはもう、止まることなく。

涼花の知りたいと言ったことすべてを話していた。

< 39 / 99 >

この作品をシェア

pagetop