この恋がきみをなぞるまで。
怪我の理由だけでなくて、わたしの家族のこと、城坂くんとのこと、過去を一冊の本にして渡すような感覚で伝えた。
相槌はいつの間にか途切れて、涼花の鼻をすする音が静かな廊下に時々響く。
「痛かったね、芭流」
気遣いながら、涼花がわたしの左肩に触れる。
壊れ物に触れるように遠慮がちな手が、怖くないと言ったら嘘になる。
優しい手が、言葉が、表情が、牙を剥く瞬間を知っているから。
「ずっと、抱えてたんだね」
「うん」
「頑張ったね……」
労るような声は、すっと耳に溶けていく。
裸の自分を曝しているようで、本当はまだ不安で。
そんな自分を、ゆっくりと柔らかい布で包んでくれるようなやさしさに心を掬われて。
取りこぼさないように、そこに戻してくれる。
「城坂と幼馴染みだったなんて知らなかった。でも、言われてみればって感じ。それくらい仲良くないと、再会したって近寄らないよね」
「仲良くはないよ。城坂くん、わたしのこと嫌ってるから」
「嫌ってないと思うんだけど……」
城坂くんとのことは、彼がどう感じていたかとか、背景を知らないからわたしの主観では何とも言えない。
城坂くんの大切な時間の中に、わたしの価値観を押し付けていたことだけは確かだ。
揺らいでも、振り切れることがなければ絶対に嫌いに戻ってくる振り子のようなものだと思う。
「芭流は?」
「え?」
「城坂のことどう思ってるの?」
周りには誰もいないのに、わざわざ耳元で囁くように問われて、含みを持たせていることを隠そうともしない。
城坂くんのことは、いちばん。
「大切にしたいと、思ってるよ」
目を閉じると浮かぶ、城坂くんの顔と、言葉のすべて。
先端は鋭くて、痛くて、けれど、知っている。
かたく握りしめたその持ち手にも、きっと棘は張り巡らされているって。