この恋がきみをなぞるまで。
集合時間まで10分。
いよいよ耐えきれなくなって立ち上がり、とにかくどこかへ行こうと外へ向けた足の先に、誰かがいた。
いつから、そこにいたのだろう。
さっきからもうずっと、怖くてたまらなくて顔を伏せていた。
こわい、とうわ言のように呟いていたのも、聞かれていたかもしれない。
「城坂、くん」
同じ競技に出るのに、どうしてこんなところにいるの。
城坂くんは何も言わずに音も立てずに近付いて、目の前に立つ。
「どこに行く気だった?」
「どこって……体育館……」
「嘘つくなよ」
嘘だけれど、城坂くんから見たらわたしの行き先は体育館しかない。
きっぱりと言い切られて、くちびるを噛むと、舌打ちが降ってくる。
「おまえのそれ、肯定だよな」
「ちがう」
「逃げんの」
わたしの考えていることなんて全部見透かしているみたいに告げられた4文字は重くて、偽りの気持ちでは返せなくて。
「逃げる、って言ったらどうするの?」
質問に質問で返すずるい選択をした。
怒るだろうか。呆れられるならまだいい。
「そしたらもう、おまえのことなんてどうだっていい」
「……なにそれ」
今はそうじゃないの?
逃げたら、きっとその通りになるのだろう。
嫌いだって、はっきりわたしに言ったくせに。
そんな子どもじみた当てつけは舌の上ですり潰している間にも、時間は過ぎていく。
「芭流、逃げんの」
ひどい人だと思う。
名前が本来縁取られたもので、それを呼ばれることで満たされていくものであるとしたのならば。
この瞬間、一滴がそこに落ちたと確信してしまうほど。
城坂くんが落とした2文字を手のひらで掬い上げて、ずっとずっと大切にしたい。
「わたし……」
逃げたくない。
弱いところなんて、城坂くんには一番見せたくない。
取り零したくないと願う唯一さえ、この手では上手に受け取れない。
手のひらでお椀を作るように、胸よりも低い位置で上向けた両手を繋げる。
その手に視線を落とした瞬間、城坂くんがぐっと左手首を掴む。
引っ張られたわけではないから痛みはなくて、城坂くんの方から首を擡げてじっと左手を見つめる。