この恋がきみをなぞるまで。
移動教室の帰りに、時間があれば書道教室を覗くのが選択授業の日の日課となっていた。
今日も後ろの小窓から中を見ると、いつもの位置に城坂くんを見つける。
黒板に手本の貼られた雪の異名を書いているようで、真剣な眼差しがわたしに向くことはない。
チャイムが鳴り、片付けが始まったところでわたしも教室に戻ろうとすると、とんっと肩を叩かれた。
「また見てたんだ」
「うん。好きだから……書いているところを見るのが」
好き、と口にしてから別の言葉を付け加える。
桐生くんは涼花を映画に誘えたようで、今朝から浮かれている。
昼休みにも一度捕まって、またこうして話しかけてきた。
「書道コースって毎年定員割れしてるし、千里って転科とか考えてそう?」
「知らないけど……しないんじゃない、たぶん」
城坂くんがどうして普通科にいるのかは、ずっと疑問だった。
この高校には芸術科があって、そこに書道コースもある。
桐箱を見つけるまで、城坂くんが書道と未だに関わりがあることを微塵も考えなかった。
こうして選択科目で選べるし、実際選んでいるわけだから、きっとそちらに進まなかった理由があるのだろう。
桐生くんと話をしながら歩いていると、城坂くんがわたしたちを追い越した。
「千里」
またこのタイミングで呼び止めた桐生くんに物申す間もなく、ぴたりと足を止めて振り向く。
「なに」
「何じゃなくて、声かけろよ」
「話すことないんだからいいだろ」
苛立ちを隠そうともせずに、言葉はささくれ立っている。
こんな城坂くんにも慣れているようで、さらりと躱す桐生くんの横で、わたしはじっと一点を見つめていた。
「……それ」
あれ以来見ることのなかった城坂くんの桐箱。
さっき使っていた筆はあの筆ではなかったはずだ。
筆管の色がちがう。
桐生くんはわけがわからないって顔をしているけれど、城坂くんはわたしの言う『それ』が何を指しているのかすぐに気付いて、眉間に皺を寄せた。