この恋がきみをなぞるまで。
◇
城坂くんの連絡先を知らないわたしはその後を知る手立てがなくて、学校が始まるまでの数日間は気が気じゃなかった。
わたしの腕は今回の転倒の怪我ではないから、鎮痛剤を出してもらって、しばらくは安静とだけ言われている。
始業式の日、いても立ってもいられなくて早くに家を出たけれど、城坂くんはいつもギリギリに登校するから話す間も取れない。
右手の甲と人差し指の側面を中心に広い範囲で治療の跡があって、厚いガーゼに覆われていた。
昼前にはホームルームも終わり、人の波に紛れて出ていく城坂くんを追いかける。
声をかけても止まってくれなくて、玄関に近いところでようやくその手をつかんだ。
「城坂くん!」
つかんだ手を振り払われなかったことに安堵して、すぐに離れる。
振り向いた城坂くんは顔にも擦り傷があった。
「腕、診てもらったのか」
「うん、もう、平気。痛くない」
「よかったな」
「ま、まって」
一方的に言いたいことだけを言って、城坂くんが去っていくことはこれまでもあった。
何か言いたげにしているくせにいつまでも喋らなかったころのわたしが相手になら、当然だと思えたけれど、今はまだ続ける話がある。
「城坂くんの怪我は?」
「二週間もすれば治る」
「あのときの人たちとは会ってない?」
「町内会の人らが見回りするって言ってたし、しばらくは出てこないだろうな」
「ねえ、城坂くん」
なんで。
「こっちを見ないの」
わたしの肩の辺りを見下ろしていて、目を合わせようとしない。
聞いたことには答えてくれたけれど、その声は淡々としていて、ただ怒りを篭めていたときよりも冷たい。
「おまえ、さ」
まるで別人のような城坂くんを前に、片足を一歩退く。
「何度も言わせるなよ」
「なに、を」
「俺に近付くなって言っただろ」
それは、何ヶ月も前に城坂くんに投げかけられた言葉であり、数年前にわたしと城坂くんが交わした約束。
近付くなと言った城坂くんに、わたしは二度もわかったと返しているのに。
守らずに、また、そばにいたいと望んでいた。
「もう、おまえ。先生のところに来るなよ」
拠り所すら、奪われる。
しばらくは書道教室に寄らない気でいたし、恵美さんにも説明はしておくつもりだった。
釘を刺されるだけならいい。
おまえ、と繰り返されるたびに、打ち込まれた杭のうちのどれかが、胸に深く沈んでいくような心地になる。
芭流、と何度も呼んでくれていたのに。
「城坂くん」
もう呼び止めても、城坂くんは振り向きすらしなかった。