この恋がきみをなぞるまで。





書道教室を出たあと、わたしたちに足りないもの、足りなかったものが何なのかを考えた。

言葉はもちろん、思いやりも、相手を思うばかりで蔑ろにしてきたものもあっただろう。

その反面、足りすぎていたのかもしれないとも思う。


傷付けるのがこわかった。

同じくらい、傷付くのがこわかった。


お互いに、痛いほど、人を傷付ける痛みを知ったときには、わたしたちはもう手の届く場所にはいなかった。

再会しないことが、わたしが城坂くんにできた唯一だったのだろう。


想いは、形を変えて色を変えて、歪にゆがんで。

傷だらけの心で、それでもまだ、城坂くんが好きだった。


お互いに消そうと言ったのに、消せずに残していた番号に電話をかけるけれど、繋がらない。

わたしとほとんど入れ違いで出ていったと恵美さんは言っていたのに、走って探しても城坂くんの姿はなかった。

家に行ってインターホンを押しても誰も出なくて途方に暮れる。


この辺りを歩き回るのは、まだ怖くて堪らないけれど、じっとしていられなくて団地や学校の方も探すけれど、どこにも見つからない。

日が暮れる前に、城坂くんの家の近くまで戻って、もう一度電話をかけた。

繋がらないのは、着信に気付いていないのか、わざとそうしているのかわからない。


携帯を握りしめて、祈るように目を閉じていた。

会って、何を話すかなんて考えていない。


日が落ちると急に冷え込んで、上着の袖を巻き込んで手をぎゅっと握る。

どれほど時間が経ったのかもわからない。

ただずっと、悴む手を、指先を擦り合わせていた。


「……芭流?」


待ちわびた人の姿が見えたころには、全身が冷えきっていて、瞼に乗った雫が目尻をなぞる。

少し先で立ち止まっている城坂くんにふらりと近付いて、目の前に立つ。

ずっと立っていたせいで足元が覚束ず、思いのほか近い城坂くんを見上げた。


「何してんだ。こんな時間に。この辺うろうろするなって言ったろ」

「……今日、どこに行ってたの?」

「先生んとこ、寄って。そのあと学校に行ってた」

「あんなの見せられたら、わたしがすぐに来るって思わなかったの?⠀追いかけてくるって、ほんの少しでも考えなかった?」


だとしたら、本当にずるくて、ひどい人だ。

あんなものを残す、ずるい人。

そして、残したままにしようとする、ひどい人。


「手紙も、読んだよ」


一度しか目を通していないのに、全部、頭の中に入っている。


「目には見えないものを、って。あれが城坂くんの本心ってこと?⠀だとしたら、あんなの全然、信じられない」

「……だろうな。俺も、矛盾してると思う」

「わたしが一度でも、一人でいることを辛いだとか、苦しいだとか、言った?」

「言えなかったんだろ。俺が、言わせなかったようなものだ」


苦虫を噛み潰したような顔で、城坂くんはぐっと目を閉じた。

その瞼が開かれるのを待って、思い違いをひとつずつ、解いていく。


「わたしがいたから、城坂くんは一人じゃなかったって。その逆のことも書いてたでしょう。それが変わったことなんて、わたしはなかった。ずっと、城坂くんがいてくれることは、わたしの大きな力になっていて、だからあのころ、わたしは周りの人たちよりもほんの少し、強かったんだと思う」


無意識に、左腕をぎゅっとつかんでいた。

この腕はもう以前のように戻ることはないし、取り戻せないものだって、たくさんある。

傷付けたことも、傷付いたことも。

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