この恋がきみをなぞるまで。


「芭流のことを、教えてほしい」

「え……?」

「たぶん、断片的にしか知らないんだ。恵美さんも、そんなに口は軽くない。裏葉が知っていて俺が知らないことも、あるんだろ?⠀芭流から、ききたい」


つらいかも、しれないけれど、と俯いた城坂くんの手を、目いっぱいに握る。

城坂くんにだけは、伝えずにいようと、どこかで決めていたことでもあった。

城坂くんに伝えていないことがあるかわりに、他の誰も知らないことがわたしと城坂くんにはたくさんあるから。

あまり多くを背負わせたくない、抱えたものを二分しなくても、わたしはこれを持ったまま、生きていける。

わたしのことだから、わたしが話さなければ、城坂くんが知り得ないことばかりだ。


「……こわい?」

「こわいけど、知りたい、気持ちはたぶん同じでしょう?」

「うん、そう。芭流にも、俺のこと、ぜんぶ話すから」

「手は、握っていてほしい」


小さな声でお願いすると、城坂くんはわたしの両手を包んでくれた。

あたたかくて、話し始める前に泣きそうになると、少しだけ手を引いた城坂くんの肩に頬を預ける。


「芭流」


城坂くんの声が耳元できこえて、心地よくて。

涙混じりの声は、ところどころ途切れて、何を話しているのか自分でもわからなくなる瞬間があって。

それでも、城坂くんは静かにすべてを聞いてくれた。


話し終えたあと、白い吐息が城坂くんとの間を抜けていくのが見えた。


「自分のことは、自分で守れるって、思っていて。たぶんそれは、これから必要なことなんだろうね。自分のこと、たくさん考えて、心をちゃんと守って、そこに大切な人を受け入れることができるように、なっていく」

「は、」

「そうするしかなかったんだもんね、わたしは」


他人事のように言うと、城坂くんは何か言いかけた言葉を飲み込んだ。

それしかなかったのだから、そうするしかなかった。

周りの大人のことは、信用できなくて、助けを求めたことだってあったのに、伸ばした手はつかんでもらえるとは限らないことを知ってしまう。


泣いても、叫んでも届かないから、自分の守り方を覚えた。

それをずっと、城坂くんは気にしていたのだろうけれど、わたしにとっては瑣末なことで。

諦念とも取れてしまうからうっかり口にするといけないことだけは、わかっていた。


「謝りたかったの。押し付けて、ごめんねって。何も言えないまま、謝れないまま、この町を出ていくことになったとき、先生や恵美さんよりも真っ先に浮かんだのは城坂くんだった」


誰かひとり、同じ位置に立っていてほしかった。

今思えばそれは、随分な我儘で自分勝手な思惑で。


「謝らなくていい」

「そう言うと思ったけど、それって、城坂くんも結構ひどいことをたくさん言ったからとか、そういうことでしょ?」

「それも、ある。でもそれだけじゃなくて、あのころ芭流が言ってたことは、ほとんど正しくて。だから今に繋がっていることもあると、思うから」

「城坂くん、わたしが昔言ったこと細かく覚えてるもんね」


たまに、覚えのない言葉に改変されていることもあるけれど。


「今の方が、大事だと思う。過去のこと、清算するとか、塗り替えるとか、乗り越えるとか、たぶん、本当はぜんぶできないから。過去に対しての、考えだとか思いを変えることしかできないんだろうし」


城坂くんの物の考え方は、その人柄がよく出ていると思う。

端的だけれど、優しさの滲み出たそれを、一粒も零したくない。

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