この恋がきみをなぞるまで。
「芭流、腕は痛い?」
「ううん。最近はね、全然平気。感覚でいうと、ないって方が近いから」
「痛くなったら、すぐに言って」
「うん」
「あと」
やさしく、労わるように左肩から腕にかけてを撫でてくれていた手が止まる。
顔を上げると、吐息のかかりそうな距離に城坂くんの顔がある。
「名前、呼んでほしい」
「……え」
「千里って、たまに呼んでるだろ」
「呼ん、だかもしれないけど、もうずっと城坂くんって」
「嫌なんだよ、それ」
嫌と言われても、そんなに急に名前でなんて呼べない。
無声音が喉から小さく漏れて、もちろんそれで許してもらえるわけがなかった。
「芭流」
「……む、りかも」
「じゃあ、すきって言って」
甘えるような声に、ついまじまじと城坂くんの顔を見つめる。
別人じゃない?⠀と失礼なことを考えていると、城坂くんは見透かしたように不機嫌そうな表情になる。
「そもそも、好きかどうかなんてわからないでしょう」
「今ここにいるのがもう理由になってると思うけど」
「そんなの、城坂くんの方が……」
握っていたはずの手はいつの間にか両方とも背中に回っていて、お互いに厚いコートを纏ってはいるけれど、ぬくもりの伝わる距離にくらくらする。
言わなきゃ伝わらないってきくけれど、わたしと城坂くんに関しては、言わなくても十分すぎるほどに伝わっている。
それでも、他の意味に隠れたり、すり変わることのない言葉で、聞きたいと思う。
城坂くんもきっと同じ気持ちなのだろう。
だったら、せめて城坂くんから言ってほしいのに、待っていても、互いに先を譲り続ける。
「わたし、城坂くんの……」
「うん」
「字に、すごく、惹かれていて」
「うん……?」
どうしてこうも頭で考えていることと口から出ていく言葉が噛み合わないのかと大声で騒ぎたくなる。
そんな自暴自棄にはならないけれど、城坂くんの目がじっとりと細められていくのを見ていられなくて、ついでに声も小さくなっていく。
「たぶん、もしわたしが英語圏に生まれていたとしても、城坂くんの文字を見たら、綺麗って思ってたと、おもう」
「は?」
「これじゃ、だめ、かな」
「駄目に決まってんだろ」
あほか、と額を小突かれて、顔ごと城坂くんの肩口に伏せる。
顔を見なければ、もう少し素直になれる気がした。
「城坂くんって、本当、どうでもいいことで突っかかってくるし、自分の主観で物言うし、矛盾してるし、勝手だけど」
「もしかして本気で俺のこと嫌いだったりする?」
「でも、やさしい人だと思う。月並みだけど、やさしいにも色々あって、たぶん城坂くんのは受け取る人間にもよるんだろうなって最近気付いた」
怒っているか、少しは悲しんでいるのか、呆れているのか、顔が見えないからわからない。