この恋がきみをなぞるまで。
左手を持ち上げて、城坂くんの背中に回す。
掻くようにコートの背をつかむと、城坂くんが息を飲むのがわかる。
この手にできることは、とても少ない。
挙上ができないから、日常生活で困ることはたくさんある。
それらは周りに支えられて、助けてもらって、成立していることで。
城坂くんにその一部になってほしい、と頼む気はないけれど、そばにいたらきっと、必然的にそうなってしまう。
「つかんでも、いい?」
取りこぼすばかりで、ほしいものはつかめないと思っていた。
もう一度、この手を伸ばして、そしてひとつ、つかめるのなら。
「千里がいい。好きな人が、いい」
口にした瞬間に、涙もこぼれた。
城坂くんのコートに涙のあとを残したくなくて顔を離そうとすると、強く抱きしめられる。
「芭流」
「っ、う、ん……」
「俺も、芭流が好き。芭流がいい」
城坂くんの声は、わたしのよりも震えていて。
あんな手紙を残すくらいなのだから、きっと本当に、城坂くんはその気持ちを伝える気はなかったのだと思う。
告白なんて、したことがないけれど。
身の丈いっぱいの覚悟と勇気が必要なことは知っている。
伝わればいいと思っていたけれど、やっぱり、口にしてよかった。
「俺、書道科受かったから」
「知ってる、聞いた」
「恵美さんに?」
「桐生くん」
「あんま、裏葉と仲良くすんなよ」
怒ったかな、と僅かな隙間から顔を上げると、城坂くんはむっと眉を寄せていた。
ごめんね、と言うとまたすぐに隙間を無くすくらいに引き寄せられる。
「芭流」
誰かを、呼ぶとき、咎めるとき、愛おしいと思うとき、共有したいと思うとき、ぜんぶ、名前が先に出てくる。
呼び声が、城坂くんの名前を、千里という名前をなぞるとき、胸を満たす感情が恋と呼べるものでありますように。