この恋がきみをなぞるまで。
後にも先にも、芭流が手を上げたのは一度きり。
どんな気持ちだったのかなんて、考えたことがなかった。
芭流は強いから、優しさの使い方を誰よりも知っているから。
だから、芭流はひとりでも、大丈夫。
「もう俺に近付くなよ」
俯いて、告げる。
これ以上、傷付けたくない。
俺の勝手な感情で、芭流を嫌いたくない。
「わかった。ごめんね」
いつも笑っていたくせに。
芭流が俯きがちに立ち上がったとき、その目に今にも溢れそうな涙を見た。
きっと瞬きと同時に溢れるしかない涙を、拭ってくれる人が芭流にはいないと知っていて、引き止めることをしなかった。
芭流なら大丈夫だと、呪いのように繰り返した。