この恋がきみをなぞるまで。





「筆?」


高校を卒業して、引っ越すまでの僅かな時間のあいだに、できるだけ芭流との時間を作った。

芭流はどこか行きたい場所があるわけではなくて、散歩がしたいだとか、あたたかい場所でゆっくりしたいと言うことが多くて、俺もそういう時間の方が好きだから、今日も午後からブックカフェに出かけて、暗くなるまで散歩をしていた。


「使い込んでる感じじゃなかったなって、思って」

「ああ、だってあれ、芭流の名前書いたときに初めて使ったから」

「え?⠀だって、学校に持ってきてたよね」

「そりゃあ、なるべく……」


言いかけて、この先はまずい、と口を噤む。

そんな隙を芭流は見逃してはくれなくて、袖を思いっきり引っ張られる。


「なるべく、なに?」

「そばに、置いておきたかったから。先生のところに行く日は学校にも持って行ってた。移動のときとか、持ち歩いてたんだけど、知らない?」

「知らないよ、黙れって言われたときと、選択授業のときにしか見てない」

「そういえば、芭流いつも覗いてたろ。後ろから」


さりげなく話を逸らすつもりで、五分だろうなとは思いつつ指摘すると、芭流はわかりやすく狼狽して目を泳がせた。


「な、なんで知ってるの」

「気付いてたから」

「じゃあなんで言ってくれなかったの……!」

「別に、見られててもいいと思ったから」


一度でも振り向けば、二度とその窓から覗くことはないかもしれないと思って、たまたま芭流が見ていると知ったとき以来、振り向かずに集中していたけれど。

本当に見ていたんだな、たぶん、毎回。

気にしなくていいのに、芭流は顔を真っ赤にして、あのときも、このときも、と指折り数えている。

見られている方ではなくて、見ている方がその反応なのが面白くて、笑ってしまう。


「今度出かけるときは涼花と桐生くんも誘っていい?」

「いいけど……なんで?」

「あのふたり、どうにか卒業前にきっかけ作ってあげたくて」


お節介かもだけれど、と悩ましげにしている芭流を他所に、頭には疑問符が飛び交う。


「あいつら、付き合ってるんだよな?」

「付き合ってないよ?」

「映画がどうのって言ってたの、2年のときだろ」

「もう何度もふたりで出かけてはいるみたいなんだけどね」


一瞬、芭流が知らないだけなのではと思うけれど、裏葉はともかく柚木はいちばんに伝えるだろう。

他人の色恋に干渉する気はないけれど、芭流もこのままでは気になるようだし。


「行くのはいいけど、どこかいいところあるか?」

「初めて出かけたのがフラワーフェスタだったから、そこでどうかなって……でも、そのときはわたしも一緒だったから、ふたりでの思い出といえば映画……」

「やっぱり放っといていいだろ、そいつら」


芭流とまだ行ったことのない場所に、どうして四人でいかないといけないかと理由を考え始めたら、やっぱりなかったことにしたくなる。

でもその辺りは芭流には伝わりそうにもなくて、結局フラワーフェスタに行くことがトントン拍子で決まる。

こちらの独断でいいのかと悩んでいる間にも、芭流は裏葉と柚木にメッセージを送って、すぐに返信が来ていた。

それも、ほぼ同時に。

やっぱり、というか絶対に、放っておいていいと思う。

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