この恋がきみをなぞるまで。
散歩を再開しながら、芭流の家の方面へ向かう。
リハビリもかねて、繋ぐのは左手がいいと言うけれど、車道側を歩かせまいとすると取るのは右手になる。
左手を握ったときに、わずかな力で握ろうとしてくれるのは、とても愛らしいのだけれど。
何度も痛そうにしているところを見てきた。
芭流自身は振り回したりしなければ大事ない、というか振り回せない、程度の楽観的な考えをしているから、家族を含めて周りは相当心配しているのだろうなと思う。
芭流の弟に会ったときも、くれぐれも芭流姉をよろしく頼むと言われたし。
恵美さんに報告に行ったときは、まず付き合ったことを泣いて喜んでいた。
怪我のことも恵美さんは聞いていたようで、気をつけてあげて、と言われている。
たぶん、芭流はそういう、周りが気を遣いすぎることを嫌うから、バレないようにはしているけれど。
やっぱり、少し気にしてはいるようで。
噯にも出さないところを見ていると、安易にその不安を打ち明けてほしいとも言えない。
「なあ、芭流」
「なに?」
「俺は、芭流のこの手も、大切にしたいって思ってる」
どうにか遠回りをして、けれど真っ直ぐに届くといいと思っていたのに、言い回しを捻ることもできなかった。
芭流は目を丸くして、それから申し訳なさそうに首を振る。
「ごめんね、色々、考えちゃってた」
「いいんだよ、それは。体のことだから。芭流の一部だから。切り離せないことなのはちゃんとわかってる」
治る怪我なのならば、治療を一緒に頑張ろうだとか、言えたのかもしれない。
違和感を感じながらも、そんなに深刻なものだと気付けなかった日々を思うと、芭流が怪我をしてからどれだけの努力を重ねてきたのか、簡単でないけれど想像はできた。
「痛いときは、言って」
「それ、前にも言ってた」
「できることと、難しいことは、ちゃんと教えて」
「頑張ればできることは?」
「無理するかもしれないから、一応教えてはほしい」
これから引っ越しをしたら、所謂、遠距離恋愛になるわけで。
痛いと言われたところですぐに駆けつけられるわけではないし、場合によっては、来られないこともある。
遠慮するなと言ったって、芭流は遠慮のかたまりだから。
できないことを、越える必要はないと思う。
工夫は必要だろうけれど、そこには俺も関わっていけるはず。
「頼ってほしい。何ができるかって言われたら、そばにいることしかなくて、それも、しばらくは難しくなるけど」
「……千里は気にしいだね」
「おい」
「ありがとう」
じゃあ、ひとつだけ。
髪に触れながら、言う。
「髪、伸ばしてみたいな。洗うのも、乾かすのも大変で、ずっと短いから」
「そっか、手、届かないよな」
「とど、くけど……時間かかるしね」
洗髪、と考えれば、余計なことを振り切れば、頷ける。
雑念を捨てるように目を見開いて一度遠くを見つめていると、芭流が楽しそうに笑った。
「冗談」
「いや、今のは本当って顔だった」
「まあ、ちょっとはね、思うけど。楽だからいいんだ」
「俺が髪伸ばした芭流も見たいって言ったら?」
「それは……また、べつのはなしというか」