あなたと私の恋の行方
出会い


私、西下由香(にししたゆか)は大手食品会社『大河内(おおこうち)ホールディングス』に入社して四年目の二十六歳。
第一営業部に属している。


幼い頃から食いしん坊で、特に好きなのは果物。
おかげで少しふっくらとした体型だが、ちっとも気にしていない……こともない。

果物のことなら産地や出荷量、収穫時期から糖度まで、なんでも調べてしまう。
甘いもののから酸っぱいものまで、果物は奥が深い。

私が勤めている大河内ホールディングスは、原料の調達から商品の企画製造販売までと多岐にわたって傘下に持つ大きな会社だ。
その中で第一営業部は新たな商品を市場に浸透させる仕事、つまり商品の開発やマーケティングとも情報を共有するからとても忙しい。
入社四年目の私は主に雑用係。まだまだ大きな仕事は任せてもらえない。

今も会議室に資料を運んでいる最中だ。

「ね、見かけた?」
「なに? なんの話?」

「企画部の佐野(さの)部長、アメリカ出張から帰ってきたみたい」
「わっ、ホント? 会いたいわ~」

廊下を歩いていたら、給湯室からそんな声が聞こえてきた。
庶務課の人たちがお茶の準備をしながら盛り上がっているようだ。

(さすがだなあ)

女子社員はみんな情報が早い。

(企画部の佐野柊一郎(しゅういちろう)部長)

営業にいると様々な部署からの噂が舞い込んでくるが、佐野部長は特に話題の人物だ。
スラリとした体躯に、彫りの深いマスク。仕事もできるからあこがれている人は多い。
独身らしいのだが、部長のプライベートは謎に包まれている。
婚約者がいるとか、銀座の高級宝飾店で女性と指輪を買っていたとか無責任な噂ばかり聞こえてくる。

「由香」

「あ、咲ちゃん」

同期で第二営業部の苫屋咲子(とまやさきこ)が小走りでやってきた。

「お願いした書類は今日中にできそう?」

「うん、なんとか。これ運んだらすぐに仕上げるね」

新川(しんかわ)課長ったら、全部由香に回すんだ。クイーンは自分じゃなんにもしないのね」

クイーンとは、私の直属の上司、新川早苗(さなえ)課長のことだ。

彼女は大学時代にミスキャンパスに選ばれたらしく、本人曰く『女子アナにもなれたけど、この会社を選んだ』そうだ。
確かに美声だし、三十になったとはいえますます美しさに磨きがかかっている。

ただ残念なことに、言葉使いは丁寧なのだが威圧的だし、急に感情的になる人だ。
新商品の発売に必要なデータ集めからキャンペーンの効果的な報道対策まで、課長は自分ではなにもしない。
彼女が満足する結果を提出するまで、部下である私たちは働き続けるのだ。
課長の指示が空振りに終わることもあるから、思い込みの激しい上司を持つ課内は混沌(カオス)

『自分の手は汚さない人』

部下からはそんなふうに呼ばれてるなんて、本人は知らないんだろうな。




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