あなたと私の恋の行方
小谷さんの車で連れてこられたのは豪華なタワーマンションだった。
「ここは?」
「ごめん。外で話せない内容だから、先輩の自宅に呼ばれたんだ」
「先輩?」
小谷さんは慣れているようで、迷わず地下駐車場に車を置いた。
ふたりでエレベーターに乗ると、かなり高層階まで上がっていく。
(豪華なマンション……ここに住んでいる小谷さんの先輩?)
あれこれ考えても『先輩』の顔が浮かばない。
そう思っていたらエレベーターの扉が開いて、目の前に玄関ドアが見えた。
このマンションはかなりゆったりした造りで、エントランスからこの階までため息が出そうになったくらいだ。
チャイムを鳴らしたら玄関のロックが外れた音がした。
小谷さんは勝手にドアを開けて、スイスイと中に入っていく。まるで自宅のようだ。
ホテルのロビーのようなお洒落な空間は、大河内の屋敷の豪華さとは違う洗練されたモダンな雰囲気だ。
靴をぬいでシンプルなベージュのレザーのスリッパに履き替えたが、そのしなやかさに驚いた。
(誰の家なんだろう?)
そう思いながら抽象画が掛けられている廊下を進むと、パアッと明るい日差しに満ちた部屋が広がっていた。
リビングダイニングらしく、ゆったりとソファーやダイニングセットが配置されている。
午後の日射しが大きな窓から差し込んでいて、東京湾が見渡せる。
(わあ~ステキなお部屋)
手前に視線を移したら、なんと黒いソファーに腰掛けた佐野部長がいるではないか。
「やあ」
「さ、佐野部長……」
あまりの衝撃で、口が上手く回らない。
「僕の大学の先輩なんだ。色々お世話になっててね」
「は、はあ」
慣れた様子で、小谷さんは佐野部長の向かい側のソファーに座ってしまった。
「君もどうぞ座って」
低くて心地いい低音で話しかけられたら、心臓がドキンと音をたてる。
「し、失礼します」
わけが分からないまま小谷さんの隣のソファーに座らせてもらう。
(大河内家のとはタイプが違うけど、いいソファーだわ)
大河内家にはイギリス風のクラシックな家具が置かれているが、これは北欧のものだろうか。
そんなことを考えていたら、佐野部長がいきなり話しかけてきた。
「実は、新川課長のことなんだ。君はなにか困ったことはないか?」
「は? 困ったこととは?」
佐野部長の真剣な眼差しに圧倒される。
外ではできない話をここでということは、社内の問題だと気が付いた。
「新川課長のことですか?」
「小谷から、君は口が堅いと聞いている」
念を押すように佐野部長が言うと、小谷さんがコクリと首を縦に振った。
聞いたら逃げられない内容みたいだけど、このふたりから視線を逸らせない。
深呼吸をしてから佐野部長の話に耳を傾けた。
どうやら新川課長のパワハラで何人も優秀な社員が辞めていったという。
佐野部長と小谷さんの話しを聞いているうちに、なんとなくわかってきた。
(そういえば)
私は新人研修が終わってからの四年間、ずっと新川係長の下で働いてきた。
「ひい、ふう、みい……」
なるほどと思って、思わず指を折ってしまう。片手では足りない。
「なんだ?」
佐野部長が不思議そうに聞いてきた。
「いえ、お話を伺って、なんとなく今までの疑問が解けたといいますか……」
新川課長の下では人の入れ替わりがあまりに早いし、課の中の雰囲気が最近は特に悪くなっている。
「これまでお辞めになった方の数をかぞえてしまいました」
佐野部長は私が指で数えていたのが退職した人の数だと知って憮然とした顔になる。
「西下が無事だったのは、鈍いかからなあ」
小谷さんが呆れたようにこっちを見た。
「すみません。でも、営業部長はなにもご存じないんでしょうか?」
そんな大変なことなら、直属の上司である営業部長が対応しそうだ。
「ああ、彼女の親父さんはマスコミにしょっちゅう出てる有名評論家だからな。気を遣っているだろう」
「はあ……」
ため息とともに、肩の力が抜けた。我が身の保身のために、部長も見て見ぬふりをしていたとは驚きだ。
こでまで何人も辞めていく人を見送ってきたが、自分も新川課長を止められなかったのだと思うと情けなくなってきた。
「そんな顔するな。お前ごときじゃどうすることもできないさ」
私の気持ちが伝わったのか、佐野部長が慰めてくれる。
「とにかく、小谷と西下は六月には異動だ」
「はい」
「ええっ⁉」
「俺のところで働いてもらうからな」
小谷さんは納得してしるような顔だが、私はまたまた驚くしかなかった。