あなたと私の恋の行方
偶然? 必然?
六月中旬の金曜日に、社内の人事異動が発表された。
佐野部長の予告通りに、私と小谷先輩は企画部に名前があった。
新川課長の下には、新たに屈強な体育会系の男性社員が張り付くことになっていた。これの佐野部長の策なのかと思うと恐ろしい。
新川課長に異動の挨拶をした時、もの凄い顔で睨まれた。
隣にいた小谷さんがブルっと震えるくらいには、殺気じみた視線だったと思う。
小谷先輩が新しい環境でも一緒なのは、とても心強かった。
「さっきの課長の顔、怖かったですね」
小谷さんに話すと苦笑いされた。
「君が佐野部長の下に就くのが許せないんじゃない?」
「そうですか?」
私の返事に小谷さんはもっと破顔した。
「君はいいねえ、無関心で。じゃ、これからよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「週末はのんびりして、英気を養っとくんだな」
先輩から週末はのんびりしてと言われたが、私にとって六月というのはとても忙しい。
中学時代に真知子伯母さまから料理を教え込まれてからは、週末には常備菜を作ることにしている。
そうしておけば、平日に仕事が遅くなっても母の負担が軽くてすむからだ。
とくに六月の日曜日は、いつもの常備菜作りに加えて大事な作業がある。
五月のマーマレード作りと同じくらい大切な、父の好きな梅酒作りだ。
アルコールの飲めない母には梅シロップだ。これを夏場にソーダで割ると、食欲が出るらしい。
鼻歌を歌いながら梅の実を洗って準備していたら、千也君から連絡が入った。
「由香ちゃん、あれから考えてくれたかな?」
「え~と……なんだっけ?」
「この前のあれだよ、例の件」
「ああ……」
千也君がいうのは佐野さんのことだろうかと気が付いて口ごもっていると、どんどん話を進めてくる。
「母さんにも相談したんだ。そしたら結構乗り気でね。一度食事する機会を作ろうってことになったんだ」
「真知子伯母さまに話したの⁉」
「急だけど、こんどの週末、空けといてね」
「ええっ!」
そこまで進んでいるとは思わなかった。
「正式な見合いっていうほどじゃないから、由香ちゃんひとりで来ればいいから。場所は、今度メールしておくよ」
「待って! 千也君!」
あっという間に電話が切れてしまった。
真知子伯母さままで話が通ってしまったからには、もう断れない。
(会うだけ、会うだけだから)
両親にも話していなかったのに、どうしようかと思うと頭が痛い。
それから黙々と梅酒と梅シロップ作りに取り組んで、千也君との会話から現実逃避してしまった。
***
いよいよ新しい部署での仕事が始まった。
それなりに緊張していたのだが、企画部は戦場のようだった。
いくつかのグループに分かれているようだったが、議論している人たちもいれば、コミュニケーションツールを使って英語でまくしたてている人もいる。
由香と小谷は同じグループになっていた。
今は新製品に必要な消費者の意見をデータ化しているらしく、この結果が開発や販売にも影響すると思うと気が引き締まる。
梅酒だって仕上がるのに最低でも三か月はかかるように、新製品の開発も大変だ。
そしてそれを売らなければならない。
ほかにないアイディアを探す苦労を、由香は初めて体験していた。
机の上に転がっていない、まっさらなイメージから形のあるものを作り上げるのだ。