あなたと私の恋の行方
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西下由香と義弟の学の見合いが終わったあと、大河内副社長夫人から食事に誘われたが丁重にお断りした。
義弟と話しがしたくて、柊一郎は久しぶりに実家に戻っていた。
仕事をしながら義弟の帰りを待っていると、カーポートに車が停まる音がした。
約束通り、夕方には彼女を送り届けて帰宅したようだ。
リビンルームに入ってきた学は、柊一郎の姿を見て驚いていた。
「お帰り」
「ただいま……」
まさか柊一郎がいると思っていなかったのか、立ちつくしている。
「待ってたんだ、話がある」
「こっちにはないけど」
学の返事は、さっきまでの好青年といった様子とは別人のような冷たい声だ。
「単刀直入に聞く。お前、百合ちゃんのことはどうするつもりだ?」
「別に」
あっさりと首を振る学に、柊一郎はズバリと言った。
「お前は百合ちゃんと結婚するとばかり思ってたよ」
はっきりと義兄に言われた学は、なにも言い返せずに黙り込んでいる。
キッチンから料理を作っている音が聞こえる。
義母が夕食の支度をしながら義兄弟の話を聞いているのだろう。
そもそもこんな話をすることになったのも、長年の恋人をどうするつもりなのか聞いて欲しいと義母が柊一郎に頼んできたのだ。
「百合絵とは、別れようと思ってる」
「つまり、まだ別れてないんだな」
「………」
学はまた口を閉じてしまった。
「お前は幼馴染の百合ちゃんと結婚の約束してるんじゃなかったのか? 母さんから見合いするって聞いて驚いたよ」
キッチンから聞こえていた音がピタリと止んだ。
義母も話しが気になって仕方がないのだろ。
「仕方ないじゃないか。僕は、あの会社を取り戻したいんだ」
「学……」
「父さんが死んだ後、弟だからって父さんが作った『佐野商事』を横取りしたんだ!」
学の悲痛な思いは柊一郎にもよくわかる。
だが、感情だけで会社は動かせない。
「あの時は、俺もまだ高校生だったし、お前も小さかった。会社や社員を守るためには仕方なかったんだ」
「でも! 母さんが騙されて書類にサインさせられたことに変わりはない!」
父の急死でショックを受けていた義母は、訳も分からず様々な書類にサインしたり押印したりしてしまったのだ。
父の弟である叔父を信じていたからなのだが、結果的に佐野商事は叔父のものになり僅かな株だけが手元に残った。
「兄さんはいいよな。好きな会社に就職して。僕は父さんの会社を取り戻すためだけに頑張ってきたんだ!」
熱くなってきた学を何とかなだめようと、柊一郎は優しく言った。
「学が頑張ったこと、俺も義母さんも認めているさ」
「兄さんはわかってない! 近頃アイツ、僕に取引先の娘とか銀行関係の娘とか政略的な縁談ばかり持ってくるんだ」
「そうなのか」
それは初耳だった。
「兄さんはいいよね。バツイチだし」
「それは、関係ないだろう。」
「あるね。アイツは僕を取り込んで、自分の正当性を主張したいんだ」
「だから、あの会社はやめとけっていっただろ?」
柊一郎も、つい言いたくないことを口にしてしまった。
こうなることがわかっていたから、学にも佐野商事への就職ではない違う道を選んで欲しかったのだ。
「だから、友達の力を借りることにした」
「それで、大河内家か」
「バックに大企業と弁護士が付けば、僕の会社での立場は逆転する。いずれ、社長の座を取り戻してやる」
冷静で真面目な仮面の下に隠された学の本心は、柊一郎の想像を超えていた。