あなたと私の恋の行方


「学……」

かつては父が社長だったとはいえ、佐野商事の実権は叔父に移っている。
ただ叔父をよく思っていない古参の社員たちは、学を次期社長にしたいのだろう。

学をひとりで叔父と戦わせていることに後ろめたさを感じながら、柊一郎はゆっくりと話しかけた。

「お前は、それでいいのか?」
「兄さん、わかってくれよ」

学の声は、次第にか細くなってきた。

「お前に、長年付き合ってきた百合ちゃんへの愛はないのか? 西下への誠意はあるのか?」
「らしくないよ兄さん。必要ならなんだって切り捨ててきたはずだろ」

この言葉に、初めて柊一郎はむっとした。

「学、俺は自分の離婚に後悔はない。それに、偽りの人生をお前に歩かせたいわけじゃない」

学にも柊一郎の気持ちが伝わったのか、少し俯いた。

「俺の結婚は失敗だったかもしれないが、結婚しようと思った時の気持ちに嘘はなかったよ」

「ごめん。言い過ぎた」

「父さんの会社のことは、お前と義母さんに任せっきりだったから申し訳ない」

柊一郎と父が再婚した義母との関係は悪くないし、学も自分を慕ってくれている。
それなのに佐野商事から離れてしまった柊一郎にも罪悪感はあった。

「百合絵とは、もう一度話し合って別れるよ」

「お前、そんな気持ちで西下と結婚してもいいのか?」
「ああ。流石に気に入らない子だったらこんなこと考えないよ。あの子は大人しくて家庭的だから、母さんと上手くやれると思うんだ」

西下由香のことを軽く話す学に、柊一郎は少しイラッとした。

「学、あの子はその程度の子じゃないよ」
「え? どういう意味?」

「俺の部下だから言うんじゃないが、単に家庭的って言葉だけじゃなくて、もっと深みのある人だ」

「意味が分からない」

どうやら学には柊一郎の気持ちは伝わらないようだ。

「あの子には、他にはない価値があるってことさ」

「そりゃそうだよ。大河内家の家族から可愛がられてる子だ」

「いや、そんな意味じゃない」

義弟との話は、最後までかみ合わなかった。

「とにかく、泣かせることはしないと約束してくれ。百合ちゃんもだ」

「わかったよ」

納得はしていないようだが、学は頷いた。

義兄弟の話が終わったらしいと察したのか、義母が茶を運んできた。

学は無言でリビングから出ていったので、仕方なく柊一郎は義母と向き合った。

「ありがとう、柊一郎さん。言い難いことを押し付けてごめんなさい」
「お義母さんは百合ちゃんに遠慮して、ホテルに顔を見せなかったんですね」

「そうなの。百合絵ちゃんと結婚するとばかり思っていたから、ほかのお嬢さんと会うのが申し訳なくて」

義母は俯いた。自分の息子の行動に心を痛めているようだ。

「それで連絡をくれたんですね」
「ごめんなさい。まさかあなたの部下だったなんて」

「偶然ですが、彼女はいい子ですよ」
「あなたがほめるなんて、珍しいわね」

そう言うと、義母はふうとため息をついた。

「学が意地になっているから心配で」

「そうですね。もうしばらく様子を見ましょう」

『母と上手くやれそうな子』という学の考えも分かる。

義母は後妻という立場で頑張ってくれているが、父が亡くなってから会社は叔父にいいようにされてしまった。
それが義母の心の傷になっているし、近頃は体調もすぐれないようだ。

どうしたものかと、柊一郎でさえため息がつきたくなった。







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